哲也は又かねてから音絵をねらっていた。
歌寿が病気になってからもしきりにやって来て親切ぶりを見せ、音絵と出会うのを楽しみにしていた。
音絵はいつも哲也の顔を見るとすぐに逃げ帰った。
哲也の思いは弥々《いよいよ》増した。とうとう我慢し切れなくなって父親の鉄平に「是非音絵を貰って下さい」とせがんだ。
鉄平は「まあ学校から先に卒業しろ」とはね付けた。
―― 3 ――
ある日、丸山養策が往診の留守中の事であった。
大きな空色の眼鏡をかけた、見すぼらしい青年が杖で探り探り丸山家の表玄関に這入《はい》って来て尺八を吹き初めた。
音絵は聞き惚れた。青年が帰ろうとすると女中に云い付けお金を遣って引き止めた。
表門から俥《くるま》に乗った養策が帰って来てこの青年を見ると懐中から金を遣って立ち去らせた。
出迎えた音絵は今の乞食青年が世に珍しい尺八の名手である事を父に告げた。「あのまま乞食をさせておくのは、ほんとに惜しい事」とまで云った。
養策はすぐに女中に命じて乞食青年を呼び返させて、勝手口にまわして茶を与えて、自身に親しく身の上を問い訊《ただ》した。
青年は赤面し
前へ
次へ
全48ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング