くたしなんでいたが、わけても箏曲《そうきょく》を死ぬ程好いていた。
 音絵の琴の師匠は歌寿《うたず》と呼ぶ瞽女《めくら》の独り者であった。歌寿は彼女の天才をこの上もなく愛して、「歌寿」と彫った秘蔵の爪を譲り与えて丹精《たんせい》を籠《こ》めて仕込んだが、いよいよ秘伝を授けるという段になって歌寿は重い喘息《ぜんそく》に罹《かか》った。
 音絵は親身《しんみ》になって心配した。毎日家事のすきまを見ては程近い歌寿の家を訪ねて介抱してやった。ところが不思議な事には音絵が親切にしてやればやるほど、歌寿は悲しそうな淋しげな表情になるのであった。時折りは涙さえ流した。
 音絵は不審に思い思いした。

     ―― 2 ――

 音絵は相弟子でよく歌寿に尺八を合わせてもらいに来る赤島哲也という青年が居た。富豪赤島鉄平の長男で大学生であったが不成績で落第ばかりしていた。その代り尺八はかなり吹ける方で自分では非常な天才のつもりでいた。
 哲也は師匠歌寿が秘蔵の名器「玉山《ぎょくざん》」を是非譲ってくれと頼んだが歌寿は亡夫の形見だからと断った。
 無理に譲り受けると、大自慢で他人《ひと》に見せびらかした。
前へ 次へ
全48ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング