飛んだ肝《きも》を潰させやがる……
貴様みたいな奴はもう雇わない……
こう云い棄てると吉は警官に一礼して去った。
警部と私服巡査三名の一行が手を空しくして帰って来た。警官一同呆れた顔を見合わせた。
―― 9 ――
徳市は十円の紙幣を下渡《さげわた》されて拘留所を出た。汚《よご》れた紳士姿のままボンヤリと当てもなくうなだれて歩き出した。長い事歩いて後《のち》静かな通りへ来た。
ドン――……
徳市は吃驚《びっくり》して頭《かしら》を上げた。空《す》いた腹を撫でまわしてあたりを見まわした。眼の前に立派な家が立っていた。何気なくその表札を見た。
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│ 下六、一九 ホシノ │
└───────────┘
徳市は急にシャンとなった。ポケットに手を入れて十円札を引き出した。ボロボロになった表裏をあらためて又ポケットに入れた。キョロキョロとして早足に歩き出した。
徳市はそれからとある洋品店に這入って大きなブラシを一つ買って釣銭を貰った。表へ出てホッと一息した。そのブラシを持って手近い横路地へ這入って帽子、上衣、ズボン、靴まで綺麗に払った。
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