な呑気《のんき》な話までした。
 その話の中に記者が聴きのがすことが出来なかったのは、どの官吏もが共通的に左の意味の言葉を口にしたことであった。
「駄目ですよどうせ。なるようにしかならないのです。私の方から発表は出来ませんが、あなたの見た通りを地方の新聞に大いに書いて下さい。東京の新聞にはいくら書いたって駄目です。東京のものが読んだって、堕落し切っているんですからちっとも感じはしませんが、全国地方の各新聞が一斉に『東京を救え』とでも書き立ててくれたら、いくらか刺戟になるでしょう。新聞に書いたら一部送って下さい」
 その言葉の中には、何のあてどもない、行き当りバッタリ式の仕事をしている人々の心の痛みがこもっていた。見かけだけ美しくて、内容の乱れ腐れて行く東京を見ながら、どうする事も出来ない人々のダラケタ頽廃した哀愁がこもっていた。
 又或る退職した高級官吏はこう云った。
「『東京を救え』も面白かろう。しかし大抵の奴が東京を救いに来たって、木乃伊《ミイラ》取りの木乃伊になってしまうよ。東京に一日も居れあ、大抵田舎が馬鹿臭くなるからね。アハハハハハハ」
 記者は頭をうなだれてその人の門を出た。秋の日と、赤トンボの流るる東京郊外から、牛込の宿まで帰りながら考えた。そうして思い切ってこの筆を執《と》りはじめたことであった。
 勿論これが記者の見たり聴いたりした全部ではない。その大体の概念だけ(たとえば市政の項)、又はその一部の要点の中で面白いところ(たとえば不良少女の手紙)だけである。あまり深く突込めないところもあるし、又いくら書いても書き切れないところもあるからである。唯これに依って、新しい東京の裏面が如何に浅ましく、悲しく、奇怪なものであるかということを読者に印象せしめ得れば、記者の望みは足りるのである。

     市長|更迭《こうてつ》の表裏

 ジャンジャンジャンジャンジャン、「東京市長の辞職……」
 という声をきいて、車の窓から買って見る。
「大道良太氏東京電気局長に就任と共に市長永田秀次郎氏の辞表提出云々」
 と大みだしが付いて、永田市長の談が掲載してある。
「只今東京市長の椅子を去るのは実に遺憾千万である。殊に市街の整備を理想的にやるつもりでいたのが出来なかったのは千秋の恨みである。しかし止むを得ない。更迭した電気局長即ち市の重要機関の首脳者と僕との間に何等の
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