といったような思想を基調としているであろうか。
市政は整然と行われているであろうか。
市街建築や交通機関は、理想ある統一の下に整備されつつあるであろうか。
市民の娯楽機関は、果して健全に発達しつつあるであろうか。
風俗は新日本の流行の中心たるに恥じないものであろうか。
犯罪の数は、又不良少年少女の数は震災後減ったであろうか。
各種の商売は合理的に繁昌しているであろうか。
そうして復興の意義は、一般市民に正しく理解され、達成されつつあるであろうか。
記者は遺憾ながら、これ等《ら》の質問に対して一つも満足な答えをすることは出来ない。唯一言「否」という言葉で片付けてしまいたいが、それすら出来ない程に東京の現在は意外な状態にあるのである。
記者はこの稿を発表する前に幾度《いくたび》か躊躇《ちゅうちょ》した。
これを発表するのは、新しい東京の前途に希望を持つ人々に対して、あまりに残忍な仕打ちであるばかりでない。この中にある醜い事実や例証やが、さなきだに東京を唯一無上の都市と思っている地方の人々に悪い影響を与えはしまいか、又はまだ東京を知らぬ健全な地方の人々の頭を刺戟して、「東京がそんな風ならおれ達だって」といった調子に地方堕落の素因を作ることが、万に一つでもありはしまいかと心配されたからである。
更に今一つの心配は、記者が自身の観察力に対する疑いであった。東京の裏面を見て驚いたと同時に、記者は自分の眼と耳を疑ったのであった。果してこれが東京の真相であろうか。かように東京のすべてが浅ましく恐ろしく見えるのは、記者の感違いではあるまいか。たった一年前、記者があらゆる讃辞を以て報道した震災直後の東京の人心は、かく短時日の間に、かくも浅ましく堕落し果て得るものであろうか。願わくは記者の観察が誤りであれかし。聴き誤りであれかし……。
こうした記者の最後の気弱さは、記者を東京市役所、警視庁、その他二、三の官庁に押し遣って、それぞれの当局者について質問をさせた。
然るにその人々は、皆記者の観察や説明に平気で……否、寧《むし》ろ吾が意を得たりといった風に裏書をしてくれたのみならず、記事に適切に当はまる参考材料まで提供してくれた。
その態度は記者がその誠意を疑うほどに非官吏的、公開的であった。寧ろ投げ遣り的に「秘密」の印を押した書類なぞを見せて、あくびまじりにいろん
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