い事を証明しているが、更に一層ハッキリと説明するものは前に述べた縁日商人の口上である。

     大貴金属商の失敗

「どうだい、本型の友禅だ。しかも最新流行の埃及《エジプト》模様と来ている。京都の織元で織り上げたところで疵《きず》が出来たから、こうして切って売るんだ。一丈五尺以上あるんだから、帯の片側と繻絆《じゅばん》の袖位は楽に取れる。バラックの窓かけにでもしたら素敵なものが出来る。手土産にして大したもんだ。一尺の元値が三十銭だから、これだけで四円五十銭になるんだが、負けて三円……二円半……エエ、ヤッチマエ……二円だ……一円八十……」
「甲州産の水晶は世に定評あるところ、殊に印形となりますと、水晶のに限って贋ものが出来ませんから、まことに重宝で御座います。この節のお仕事を遊ばすには、印形ほど大切なものは御座いません。水晶の印をお用いになれば、彼《か》の新聞に出まするような恐ろしい詐欺や横領、その他文明社会に流行しまする法律悪用の悪漢の毒牙にかかる患いは一切ございません。わけてもこの東京に於てお仕事を遊ばすお方様には、特におすすめ致します。指紋は間違うとも、水晶の印だけは間違わぬ。文明の悪徳退治、地位と名誉と財産の守り神と云われる本場水晶の印が、御覧の通り一円から十五円まで取り揃えて御座います。お高価《たか》いようでお安いもの……」
「エエ、これが畳針《ふとはり》でございます。厚いものをお綴じになるので、市中の相場が一本十二銭。これが大皮針の十銭に、中の七銭、小さいのが五銭。先の処が鋭利な三角になっておりまして、舶来のトランクでも楽に通ります。その他|木綿《もめん》針、メリケン針、絹針、刺繍針、合わせて三十本で僅か二十銭……これだけあればどんな縫い物でも出来ます。奥様やお嬢様へのお土産はもとより、独身生活のお方の福音として歓迎されております。サックまで付けて今夜は只の十五銭……折れるの曲がるのという御心配のないメリケンスチールの精製品……ハイ只今――」
 これだけの口上を聞けば、浅草に来る人々にバラック住居《ずまい》の稼ぎ人が多勢居ることがわかるであろう。そんな連中が、こんな品物に釣られる程度に東京慣れしない田舎者で、しかも、懐《ふところ》具合いは割り合いにいい事が推測されるであろう。
 いずれにしても浅草は昔の浅草でなくなった。赤毛布《あかゲット》が上花客《じ
前へ 次へ
全96ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング