昌をして御座るのだから恐ろしい。おまけに御本体が一寸八分の黄金仏だとも云うし、木仏だとも云う。本当に御座るか御座らないか、それすらわからないのだから驚き入るほかはない。理想的と云っても現実的と云っても、天下これ以上の商法の名人はあるまい。
犬と羊と熊の皮
扨《さて》……観音様の商売振りには及びもないが、日本中の商店が浅草式の「無言正札」で、時間と人間経済の現代式一点張りになったとする。そうしたら只さえ人口過剰の日本は、フン詰まりになりはしまいかと云う人がないとも限らぬが、「心配無用」……。
雷門をくぐって、観音様の前を左へ行くとすぐにわかる。
第六区へ行く途中の往来に茣蓙《ござ》を敷いて、白や黒や茶色の毛皮を十五六枚並べる。その上に日に焼けた若い男が前垂れをかけて鳥打を冠って、しきりにベランメー語を高潮している。
「どれでも構わねえ、手に取って見ておくんなさい。正真正銘の熊の皮が犬や猫の皮とおんなじ[#「おんなじ」に傍点]値で買えるんだから、安いと思ったら持ってっとくんなさい。二枚か三枚はけ[#「はけ」に傍点]れあ、あっし[#「あっし」に傍点]等《ら》あ帰《け》えるんだから……。
あっし[#「あっし」に傍点]等あ、ふだん北海道に出かけている皮商人《かわあきんど》ですがネ。ちょうど北の方の千島、カムサツカ、北海道の山奥あたりから引《し》き上げて来る熊の皮屋から皮を仕入れて、あと月の半ばに東京へ着いたんです……。
ところで御承知の通り、毛皮商人《けがわあきんど》ってえなあ半期取引ですから、今コレだけの皮を捌《さば》いても、この節季でなくちゃ金が取れねえ。そこへ金の要ることが出来たんで、こんな事をやっているんですがネ。慣れねえから、失礼なことを云ったら御免なさい。だが本物の熊の皮が二十円や三十円じゃ、あなた方の手には這入りっこない。御承知かしらねえが、熊の皮には二十八通りあって、価格《ねだん》もいろいろあるが、これは北海道の羆《しぐま》の皮だ。こんな立派な皮で、この通りお上《かみ》の検査済みの刻印の付いた奴が、只の十円と云いたいが、思い切って八円半までお負けしとく……。
御存知か知らないが、皮のなめし[#「なめし」に傍点]は東京が一番ですよ。梅雨時になって虫の這入るような事は絶対にない。その代りなめし賃が高価《たか》い。差引くとあとは幾何《いくら
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