先祖の王様は国中にありたけの道ばたに、どんな小径にも植えさせました。そうすればどんな暗い夜でも、そのにおいと白花を目あてにして道を迷わずに行かれるからです。
……さて……私の母の妃は名をクチナシ姫とつけられました位で、まだ小さい時からこの口なしの花が何よりも好きでした。そうしてある月の夜、クチナシの白い花を次から次へ嗅ぎながらいつの間にかお城を出て、西へ西へとだんだん遠くあるいて来ました……。
ところがお城を離れれば離れるほど山梔子の花が少なくなって、しまいにはどちらを向いてもにおいもしなければ、白い花も無いようになりました……。そうして夜が明けますと、とうとう迷子《まよいご》になって、知らない国へ来てしまいました」
「まあ……ちょうど妾のようですこと……」
と姫は思わず云いました。
「それからお母様のクチナシ姫はどうなさいましたか」
王子はやはり悲しそうにして、次のようにお話をつづけました。
「クチナシ姫は、何の気もなしにその国へズンズン這入って行きますと、その国の人がだれもかれも面白そうにお話をしているのにビックリしました。
クチナシ姫はそのお話をしているようすと、そのことばをおもしろがって、次から次へときいて行くうちに、すっかりおぼえてしまいました。そうして自分も話してみたくなりましたが、口が利けないのでどうも出来ません。
それから歌に合わせて踊ったり音楽をやったりしているのを見て、もうたまらないほど歌がうたいたくなりましたけれども、やっぱり口を利くことが出来ません。
そのうちに大勢の子供がクチナシ姫を見つけますと、
『ヤア、口なしの女の子がいる』
というので大勢押しかけて来て、しまいには、
『片輪だ片輪だ。口なしだ口なしだ』
と云いながら、石や木の片《きれ》をなげつけたり、ぶったり、蹴ったりしはじめました。
クチナシ姫はこの国の人の乱暴なのに驚いて一生懸命逃げましたが、やがてとある山の中に逃げこみますと、子供は一人減り二人減りしてとうとう見えなくなりまして、姫はたった一人大きな池のふちへ来ました。
その池の水に姫は何気なく顔をうつして見ると、どうでしょう。
せっかくお母様に書いていただいた可愛らしい口が、いつの間にか消えて無くなっています。
口なし姫はお池の水にうつった自分の顔を見て泣き出しました。
『ああ、あたしにはどうして口が無いのでしょう。外《ほか》の国の人間はどうしてあんなに口を授かって、歌ったり舞ったりすることが出来るのであろう。ああ……口が欲しい、口が欲しい』
とひとりで涙を流しておりますと、そのうちにどこからともなくクチナシの花のにおいがして来ました。
口なし姫はそのにおいを便りにだんだんやって来ますと、とうとう自分の国へ帰ることが出来ました。そうして大騒ぎをして探していた両親や家来に迎えられて無事にお城へ帰って来ました。
けれどもそれからのち、口なし姫はクチナシの花を見ると涙を流しました。クチナシのにおいを嗅ぐと、いつも悲しそうにため息をしました。
『ああ。あの花さえ無ければ、私はあんなにほかの国へ行かなくともよかったのに。そうしてこんなに恥かしい、口惜《くちお》しい思いをせずともよかったのに』
と思いますと、もうクチナシの花やそのにおいがいやでしようがありませんでした。
『ああ。あの花がなくなったらどんなにかいいだろう』
と思うようになりました。けれども国中のクチナシはなかなか枯れません。
そのうちにクチナシ姫は大きくなって、王様のお妃様になりましたが、そのころからこの国中のクチナシの花は一つも咲かなくなってしまいました。これはどうしたことと云っているうちに、お妃様は玉のような一人の王子をお生みになりました。
それが私なのです」
と王子は云われました。
オシャベリ姫は、あんまり不思議なお話なのでオシャベリどころでなく、王子の顔を一心にみつめてお話をきいておりました。王子はお話をつづけました。
「私は不思議にも生まれた時から口がありまして、オギャアオギャアと泣きましたそうで、そのために赤ン坊の泣き声を聞いたことのないこの国の人々は『王様のお城に化け物が生まれた』と大騒ぎを初めました」
「まあ、何と馬鹿でしょうね。当り前のことなのに」
と姫はやっと口を利きました。
「けれどもこの国では不思議がるのが当り前なのです。それで私の父の王は私の母の妃に、その口を針と糸で縫い塞《ふさ》いでしまえと云いましたが、私の母の妃は生れ付き情深い女ですから、どうしてそんな無慈悲なことが出来ましょう。仕方がありませんから私の口に綿を一パイに詰めて、上から繃帯《ほうたい》をしまして、針で縫うた傷がいつまでも治らないように見せました。そうして父の王が狩猟に行きますと、その留守に母の妃は
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