私をつれて、地の下の窖《あなぐら》に連れて行って、口の繃帯を解いてやりまして、私の口に手を当《あて》ていろいろ物の云い方を教えてくれましたので、私は十歳ばかりの時にはもう立派にお話が出来るようになっていました」
「ほんとにお母様は教えることがお上手なのですね」
「けれどもある日の事、とうとう私のオシャベリのお稽古が父の王に見つけられてしまいました。父の王が狩に行きますと、いつも七日位帰って来ませんのに、或る時あんまり鳥や獣《けもの》が沢山に獲れまして家来が持ち切れぬようになりましたので、三日目に帰って来ました。ところが母の妃も私もおりませんので、方々を探しますと、窖の中でお話をしている母の妃と私とを見つけました」
「まあ、大変……」
「父の王は大変に母の妃を叱りまして、すぐに私を殺そうとしました」
「まあ、こわいお父様ですこと」
「けれどもその時、私の母の妃は一生懸命で私を庇《かば》いまして、やっと私の命を助けてもらいました。その代り私を一生涯この塔の上に上げて、番人の代りに大きな蜘蛛に網を張らせて、入り口を守らせることにしました。そうして毎晩一度|宛《ずつ》、たべ物と水とを蜘蛛の網のすき間から入れてもらうのですが、もしちょっとでも口を利いたり歌を唄ったりすると、その晩は食べ物が貰えないのです」
「まあ、お可哀相な」
「それで私も我慢して、それからちっとも口を利かずにいましたが、ちょうど日の暮れ方のことでした。お月様が東の山からあがると間もなく、この塔の上から見まわしますと、向うの崖の途中に蔦葛につかまって一人のお嬢さんが降りて来ます」
「まあ……それじゃ、あの時私を助けて下すったのはあなたでしたか」
「いいえ、私ではありませんが、ただ何というあぶないことだろうと思いました。ちょうどその時、私は御飯を貰いに降りて行く時間でしたから、塔の入り口に降りて来まして、御飯を持って来た兵隊に母の妃を呼んでくれるように頼みました。そうして母の妃にソッと、あなたを助けてくれるように願いましたのです。それからあなたがこの城へお着きになると間もなく、あんな恐ろしい目に合ってこの塔の入り口までお出でになって……」
「まあ……それじゃ、私があの蜘蛛に喰べられないようにして下すったのもあなたですね」
「ええ。あの蜘蛛は馬鹿ですから、あなたを糸でグルグル巻きにして塔の中へ隠したのです。それを私がここまで荷《かつ》いで来て解いて上げたのです……サアこれで私のお話はおしまいです。今度はあなたがお話しをなさる番です」
「え……私がお話をする番ですって?……」
「そうです。いったいあなたはどうしてこの国へお出でになったのですか? あなたはいったいどこの国のおかたですか?」
 姫はこう尋ねられますと、急に恥かしくなって顔を真赤にしましたけれども、自分の生命《いのち》を助けられた人に隠してはいけないと思いましたから、初めから何もかもすっかりお話をしました。
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……自分がオシャベリ姫と云われたわけ……
……短刀と蜘蛛の夢を見たこと……
……それを二人のお付の女中に話したら「それは今によいことがある夢だ」と云ったこと……
……それをお父様の王様とお母様のお妃にお話しをしたけれども、二人の女中が後でそんなお話はきかぬと嘘をついたこと……
……そのためにお父様の王様がお憤《おこ》りになって、姫は石の牢屋に入れられたこと……
……それから猫の案内で雲雀の国から蛙の国をまわって、どこでもオシャベリのために非道い目に合って、やっとこの国まで逃げて来たこと……
……それから王様とお妃様に会った話……御馳走をたべているうちにオシャベリをして殺されようとした話……それから逃げまわってこの鉄の塔のところまで来た話……
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 と、次から次へすっかりお話し申して聞かせました。
 聴いていた王子はビックリしたり、感心したり、笑ったりして夢中になって喜んでききました。そうしておしまいに、
「ああ……ああ、何という面白いお話でしょう。私は生れて初めて本当に面白いお話をききました。そうして生れて初めて本当にこんなに思うさま人間同士に声を出してお話をしました。けれども、あなたのお話の中にたった一つわからないことがあります」
「まあ、それは何ですか」
「それはその二人の女中さんです。あなたの国の人はお話はするでしょうけれども、嘘は云わないでしょう」
「ええ、嘘を云うものは一人もおりません」
「それに何だってあなたのお付の女中は嘘を云ったのでしょう。あなたから短刀と蜘蛛のお話をきいていながら、なぜそれをきかないなぞ云って、あなたのお父様を怒らして、あなたを石の牢屋へ入れさせたのでしょう」
「そうですわねえ。私は今でもそれを不思議と思っているのですよ。私の二人の
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