けたまま露子さんにていねいにお辞儀をしました。露子さんも何だか変に思いながら、相手が丁寧ですからこちらもていねいにお辞儀を返しますと、虫は二本の長い髯を動かしながら、椅子をゆすりゆすり小さな声で口を利き初めました。
「キリリコロコロ、私はいつもこの雨戸の桟《さん》に御厄介になっているもので御座います。キリリコロコロ、私のうちはここで御座います。チチリツツリ、チチリツツリ、今夜は今年になってはじめて暖かいので、久し振りにここへ出て勉強をしているところでした。リリリココリココリ」
と椅子をゆすりながら、横にある小さな虫穴を指さしました。露子さんは只もう呆れて眼を瞠《みは》っておりますと、虫はなおも言葉を続けました。
「あなたが毎日お母様の云い付けをよく聞いて働いておいでになる事は、私はよく存じています。キキリキキリ、チチリチチリチチリチチリ、いつも御同情申し上げておりますので、一度はお眼にかかってお話したいと考えておりましたが、今度はほんとに宜《い》い折りで御座いました。ツツリツツリ、キキリキキリ。そこでお尋ねしますが、あなたは最前から寝床の中で泣いておいでになったようですが、何かお困り
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