した。
 露子さんは、もしや自分の事ではないかと思って胸がドキンとしましたが、校長さんがニコニコしておられるので安心して、丁寧にお辞儀をして別れましたが、校長さんはそのまま露子さんのお家《うち》へ這入って行きました。
 それから学校へ行って、その日の学課を済まして帰ろうとしますと、校長さんから一寸来いと云われましたので、又胸がドキンとしました。
 こわごわ校長室に這入って見ると、校長さんは矢張り今朝《けさ》の通りニコニコしながらこう云われました。
「露子さん。私は今日あなたのおうちへ行って、あなたの御両親にお眼にかかって、あなたを女学校に入れて下さるかどうかお尋ねしたのです。そうしたらあなたの御両親は、女の児に学問は要らぬと云ってお嫌いになりましたから、私は、そんな事はありませぬ。これからの女は出来るだけ学問をしなければ外国に負けることをお話して、お許しを受けて来ました。そのうえ毎晩九時から十時まではあなたに勉強のおひまをいただくようにお母様にお願いしておきましたから、そのつもりで勉強して立派に女学校に這入って下さい」
 露子さんは夢かとばかり驚いて、嬉し涙をハラハラとこぼしました。そうして暫《しばら》く考えておりましたが、思い切って、又顔を真赤にしながらこう云いました。
「私は先生に済みませんけれど、夜勉強しないでもよろしゅう御座います。お母様は、試験の前に勉強をして学校がよく出来るのは、本当に出来るのじゃないと云われました。私はほんとうと思います。これからふだんの学課の時間もっともっと気をつけて、先生の教えて下さる事を覚えようと思っています。私が勉強するためにお母さんに御心配かけては済みませんから」
 とニッコリ笑いました。
 校長さんは思わず露子さんの手を握りしめて涙を流して、
「おお露子さん、よく云って下さった。何卒《どうぞ》あなたがこの学校を出ても……習った事はみんな忘れてしまっても……その心だけはいつまでも忘れずにいて下さい」
 校長さんはすぐに露子さんをつれてお家《うち》へ行って、この事を御両親に話されましたら、さすがの意地の悪いお母さんも泣いて露子さんを抱きしめて、
「今まで妾《わたし》が悪う御座いました」
 とお父さんや校長さんにお詫《わび》をしました。それから露子さんは間もなく優等で小学校を出て、優等で女学校に這入りました。
 女学校に這入ってか
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