亙って、彼に対して帰国をすすめた。そして埠頭に花束を持って彼を迎えるであろうと約束した女性にはちがいないと思う。一体、誰であろうか。オルタの町に、美人は多い。彼女はその中の誰であろうか。ドレゴは、かねて彼の胸に灼《や》けついた若い女性たちの顔を丹念に一人づつ思い出してみては、首をかしげるのであった。
酒場「青い靴」のスザンナであろうか。それとも「極光」のペペであろうか。いや、それでなくもっと高貴な婦人、たとえばプルスカヤ伯爵夫人か、公爵令嬢マリア・ムルマンクか。さっぱり見当がつかないなあ。
それからそれへと、いくら思い出してみてもこれならばという自信の湧き出る美しい女性を探し当てることはできなかった。ドレゴははげしく昂進してくる自分の心臓に気がつき、吃驚《びっくり》して胸を抑えた。
解決のつかないままに、船はオルタ港口を入ってしまった。
ドレゴは、長いオーバーの胸にアスパラガスの小さい枝を挿し遊歩甲板に立って、全身の注意力を埠頭の方へ向けた。彼の眼にはパアサーから借りた六倍の双眼鏡があてられていた。
船が大きく曲線航跡を描いて七面鳥桟橋へ横付けになる用意の姿勢に移った。埠頭に
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