抱いた若い女の幻がちらりと浮かんですぐ消えた。
 午前八時、サンキス号は護衛艦隊に護られ再び南下を企てた。作業の現場に着くまでに、約二時間の余裕があった。
 十一名の壮行者からドレゴが減って、十名となった。ドレゴの補欠を希望する者は出て来なかった。誰でも、危険極まりなき大西洋の海底を散歩することは気が進まなかったからだ。隊員は早速身仕度に懸かった。芋虫とビール樽との混血児のような頑丈な潜水服をつけて、甲板に一列にならんだところは、壮観ともいえ、また悲壮の感じも強く出た。この潜水服は背中に圧搾空気タンクを持っていて、外から送気しなくとも自主的に呼吸が続けられる仕組みとなっていた。
 午前十時半、現場へ到着。
 現場の空は、飛行機で警戒せられていたし、海面は護衛の水上艦艇にて、海中は潜水艦が五隻も繰出されて一入《ひとしお》[#底本ルビは「ひといり」、47−上段−9]、警戒は厳重であった。
 留守組の観測班員は、捕えた気象水温その他の数値を刻々と博士に報告した。
「諸君」
 と、博士がマイクを執《と》って、整列している隊員に呼びかけた。
「本日は例の異常海底地震を全く感じない。といって安心す
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