海底土産というやつを持って帰ってもらいたいね」
 と鼻の頭を真赤に染めた酔払いの船員がホーテンスへねだった。
「海底土産だって。へえっ、一体何が欲しいのかね」
 ホーテンスもすっかり酩酊《めいてい》して、とろんとした眼をしていた。
「何でもいいよ、しかしなるべく豪華なところを願いたいもんだよ。金貨が一杯入っている袋とか、金剛石紅玉青玉がざらざら出てくる古風な箱だとか、そういうものなら僕は悪くないと思うね」
「それは誰だって悪くないよ。君の欲の深いのには呆《あき》れたもんだ」
「そんなら貴様も海底へ出張すればいいじゃないか」
 と、同僚がまぜかえした。
「いや、僕は駄目だ。船員というものは船を離れると駄目なんだ。あんな芋虫の化物のような潜水服を着て、のこのこ海底を歩くなんてぇことは、われわれ船員の柄じゃない」
「うまくいってるぜ。しかし僕たちがこれから下りて行く海底はそんなものは見付からないだろう。お目に懸れるのは、骸骨に、腐った鉄材、それに深海魚ぐらいのところだろうよ」
「いや、必ず持って来てやるよ、はははは」
 談笑が、煙草の煙とアルコールの強い匂いで飽和したサロンの空気をかきまわす
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