た。
 だがこの論議は、その影響するところの重大性に鑑《かんが》み、明らかなる国名は新聞や放送には発表されなかった。つまり遠慮されたのである。
 しかるに別途、一つの疑惑に火がつけられた。それは、ゼムリヤ号がソ連船であり、そして驚異の性能を持った新鋭砕氷船であり、その行動も事件発生の三週間前から杳《よう》として謎に包まれているのにも拘《かかわ》らず、ソ連側からは一向何らの弁明すら発表されていないのはどうした訳かというのであった。そのために、問題の某国とはソ連のことではないかという臆説までが飛び出すようなことになってしまった。
 そういう最中にソ連側の釈明が、ようやくにして公表されるに至った。その釈明は非常に簡単で、次のようなものであった。
 “ゼムリヤ号は赤洋漁業会社の要求によりマルト大学造船科が設計した世界一の新鋭漁船である”
 かかる世界に誇るべき国宝級の船舶を何故に我国は自らの手を以て破壊するであろうか、また同船の乗組員は船長以下、国賓級人物を以て組織せられていたが、かかる人物を全部何故に自ら喪《うしな》うであろうか、釈明文は簡単であったがそれまでにおける世間の無責任なる憶測を一
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