とはない」
「ふうむ、それもそうだな」とドレゴは、ようやく気を取直した。
「無線機の用意はすっかり出来ているよ。さあ、今こそ君は光栄ある報道者として、この驚天動地の怪事件の第一報を、最も十分なる表現をもって全世界に放送するのだ。ハリ、原稿を書くがいい」
「うむ。よし。書くぞ」
ドレゴは、紙を出して、その上に鉛筆を走らせ始めた。彼の額には血管が太く怒漲《どちょう》し、そして彼の唇は絶えずぶるぶると痙攣していた。
「第一報は、簡潔なのがいいぞ。しかし驚天地異の大報道であることについて遺憾《いかん》なく表現すべきだ」
水戸は傍から友誼《ゆうぎ》に篤《あつ》い忠言を送った。ドレゴは、無言で肯《うなず》いた。
「これでどうだい」
ドレゴは紙片を水戸の方へ差出した。彼の声は明るく、そして大興奮に震えていた。
「やっ、これは書いたね。“汽船ゼムリヤ号は突然発狂した。何月何日の深夜、この汽船は発狂の極、アイスランド島ヘルナー山頂に坐礁した。そして目下火災を起し、炎々たる焔に包まれ、記者はあらゆる努力をしたが、船体から十メートル以内に近づくことが出来ない。この前代未聞の怪事件は、本記者の如く、自ら
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