分析の爪をたてた。
「――そうだった。そういう一つの特殊な場合が有り得る。しかもそう考えることは、今日ではもう常識範囲ではないか」
夫人はそこで長大息《ちょうたいそく》した。
恐ろしいことだ。恐ろしいアイデアだ。恐ろしい係蹄《わな》だ。
夫人をして、恐ろしい係蹄だと叫ばしめたものは何だったか。――それは愛する夫万吉郎が果して真《まこと》の万吉郎であろうかという恐ろしい疑惑であった。
およそこの世に、顔も姿も、何から何までそっくり同じ人間が二人とあろう筈がない――と、確かにその昔には云えた。しかし今日において、それと同じことが確かに云えるだろうか、同じことが信ぜられるだろうか。いやいや、今日においては――すくなくともヒルミ夫人の田内新整形外科術が大なる成功をおさめてから以来においては、そういうことは全く信じられなくなったのだ。
丁度|死面《デスマスク》をとるときのように、一つの原型がありさえすれば、それと全く同じ顔はいくつでも簡単にできるようになっているのだ。もちろんそれは、ヒルミ夫人の開いた新外科術の働きなくしては云いえないことだった。
ヒルミ夫人の新外科術が信頼すべきもの
前へ
次へ
全32ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
丘 丘十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング