まるで急廻転する万華鏡のように現れては消え、消えてはまた変って現れるのであった。その目まぐるしいフラッシュ集のなかにヒルミ夫人は不図《ふと》恐ろしき一つの幻影を見た。それは愛する夫万吉郎そっくりの男が二人、手をつなぎ合って立っている場面だった。
「ああア、もしや本当にそうなのではなかろうか。いやそんなことがあってたまるものではない。――」
 ヒルミ夫人は、その恐ろしき幻影を瞬時も早くかき消そうと焦せったが、しかもその幻影ははなはだ意地わるく、だんだんと濃く浮びあがってくるのであった。そのはてには、二人の万吉郎は夫人の方を指してカラカラと笑いころげるのであった。
 なんという恐ろしい幻影だろう。
 愛する夫が、一人ならず二人もあっていいだろうか。あの水々しい頭髪、秀でた額、凛々《りり》しい眉、涼しそうなる眼、形のいい鼻、濡れたような赤い唇、豊な頬、魅力のある耳殻――そういうものをそっくりそのまま備えた別の男があっていいものだろうか。
 夫人は急にブルブルと寒む気を感じた。
 だが夫人の明徹な脳髄は、一方に於て恐れ戦《おのの》き、そしてまた一方に於てその意味なき幻影を意味づけようとして鋭き
前へ 次へ
全32ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
丘 丘十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング