北信早春譜
野上豐一郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)碓氷《うすひ》を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+否」、第4水準2−14−71]
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碓氷《うすひ》を越すと一面の雪で、急に冬へ逆戻りしたやうな感じであつた。さつきまでぽかぽかと早春の陽光を浴びながら上州平野を通つてゐた時とは、まるでちがつた心がまへにならないではゐられなかつた。輕井澤のプラットフォームに飛び下りて、蕎麥のどんぶりを抱へて湯氣を吹き吹き食つてゐる人たちは、皆外套の襟を立てて首をすくめてゐる。毎夏顏なじみの赤帽の爺は、無精鬚を伸ばして、われわれの車の前にぽつねんと立つてゐるけれども、誰も荷物を頼む降車客はない。
淺間は晴れた青空を背景にして、麓まで眞つ白になつて聳えてをり、その眞つ白な斜面の上を、日に照らされた噴煙の影が薄黄いろく這つてゐるのが、陽炎の搖曳の如く見えるのも、その下の方のそこここに群生してゐる落葉松の梢が、或る種類の灌木帶の芽立を思はせるやうに赤
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