氏に聞いて見ると、この邊では朝から雪もよひの空だつたといふことである。して見ると、私の通つて來た佐久平や小縣盆地では、今ごろはやはり西日の中でまだ雪が少しづつ溶けてゐるのかも知れなかつた。
 そんなことを思ひながら運ばれて行く電車の窓の前には、今まで見たどこよりも雪が深く、殊に白く蔽はれた水田の中のここかしこに、褐色の木賊《とくさ》のやうなものの群生が刈り殘されてあるのが、美しく珍らかに眺められた。それはコブヤナギといつて、「孟子」に謂はゆる杞柳《きりう》のことだといふ。性は杞柳のごとく、義は※[#「木+否」、第4水準2−14−71]※[#「木+卷」、第4水準2−15−4]《はんけん》のごとし。人の性を以つて仁義を爲すは杞柳を爲るがごとし。とある。その杞柳は柳行李の材料になると山崎氏の話であつた。
 電車はやがて湯田中へ着き、そこからタクシで、町つづきの安代へ、安代から澁へと、雪で持ち上つた狹い道路を、温泉宿の軒とすれすれによろめき登つて、得中閣に着いた。
 三階の修竹堂と銘を打つた部屋に通されて、下を見おろすと、磧の雪の間を川水が青くせせらいで流れてをり、向ふの山の側面の冬木立の下を
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