ような弁髪を付けてるのが奇異に思われた。右手に絹の長い旗を持ち、その下に三尺ほどの剣《エストケ》を隠している。初めはその赤い旗で牛をからかうのであるが、左手はいつも遊ばせている。最後にその剣を突き刺す時は、頸椎骨の急所をねらって、一気に心臓まで突き通すと、牛は一たまりもなく瞬間に斃れる。しかしすぐ斃してしまっては曲がないので、長い間からかって翻弄する。それを見物人は喜ぶのである。牛は重傷を負うて狂暴になってるけれども、もういいかげん疲れきっていて、泡を吹きながら、時々前へのめろうとしたりする。マタドルは咫尺《しせき》の間に迫って、牛の身体に手をかけたり、突っかかって来る巨体を身をかわしてやり過ごしたりする。その時旗は後《うしろ》の方にやって、殆んど身を以って一騎打の離れ業を見せる。そうして十分に弄んだ後で、火焔の如き息を吐く猛牛が立ち直ると、数メートルの間隔を引き離してそれと対立する。アレナの中央に立つ猛牛の荒い鼻息が、遠く離れたテンディドスにいるわれわれの所までも聞こえるような気がした。その頃、雨はひどく降って来た。
オルテガは牛の正面からじりじりと進んで行く。もう旗はかなぐり捨て
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