て、右手には剣を構えている。他の闘牛士《トレロス》たちは遠く離れて、アレナの真ん中には猛牛とメフィストだけが対立している。どちらも突っかかろうと睨み合っている。危機の瞬間である。満場の視線はすべてオルテガの剣の上に注がれている。牛が角を突き出して駆け寄って来る。素早く身をかわすと同時に、長い剣は(余程薄いと見えて)恐ろしくしない[#「しない」に傍点]ながら牛の頸筋に嵌まった。うまく行くと鍔もとまで通るのだが、その時は五寸ほど余っていた。それでも、牛は二三遍あがき廻った後で雨の中に横倒れに倒れた。喚声が一時に揚がった。
その時、雨は車軸を流すような勢いで降り注ぎ、天からアレナの幅ほどの滝が落ちて来るように見えた。見物人は、中には尻に敷いていた小さいクションを頭に載せたりして、皆後方の廻廊の屋根の下へ走り上った。アレナにも人影は見えなくなり、殺された大きな牛が黒い巨体を横たえているきりである。赤い血のリボンが砂の上まで一節長く伸び流れながら。
向うの入口から三頭の騾馬が六人の男に付き添われて駆け出して来て、死んだ牛を曳いて駆け去った。
その時、がら空《あ》きになったスタンドの最前列の
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