わると見え、大きな角で突っかかって行く。それを巧みに外《はず》すと、また次の者が赤い合羽《カパ》を振っておびき寄せる。そうするのをテュロ(おこつり役)という。牛はテュロたちに誘惑され、角を振りながら正面のバレラスの前へ引き寄せられる。
 其処にはピカドル(槍役)が馬上に槍《ブヤ》を掻い込んで待っている。ピカドルの足は重そうな脛当で保護されている。馬は左の腹を板囲いにくっつけ、右の腹を牛の攻撃に曝している。右の目が繃帯で包まれてあるから、兇暴な敵が迫って来てもわからないのである。遂にテュロたちは牛を馬の傍まで誘い寄せることに成功すると、ピカドルはいきなり槍を右手で持ち上げて、牛の頸根をねらって突く。穂尖は短いけれども、咽喉までも通るかと思われるほど深く嵌まる。血が赤いリボンのように牛の黒い脊筋から流れる。
 四本の脚を踏んばって突き刺さった槍の力を受け止めていた牛は、忽ち渾身の勇を揮《ふる》ってそれを反《は》ね返し、鋭い大きな二本の角でぐさりと馬の右腹を突いた。馬はピカドルを乗せたまま脆くも板囲いの根もとに押し倒され、ピカドルは反ね飛ばされた。
 キャーーーッ!
 裂帛《れっぱく》の叫び
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