らってる牛を後《うしろ》にして悠々と歩いていると、いきなり牛は駆け出して彼の臀部に角を突っ込み、反ね上げた。あッという間もなくベルモンテの身体は投げ出された。見物人は総立ちになり、驚愕の叫びが一斉に発せられた。テュロたちが駆け寄って、赤い合羽を振って牛を一方へおびき出し、ベルモンテの身体は大急ぎで運び去られた。死んだのだか、傷ついただけだったのか、その時はわからなかった。
 異様な緊張が場内を支配した。
 オルテガが代って現れた。しかし、彼はいきなり刺そうとしないで、赤い旗を振ってからかいにかかった。日本風の武士道の気持から判断すると、戦友の弔い合戦をするようなものだから、すぐ仕止めた方がよさそうに思えるが、彼はいつまでも自分の技術をひけらかして牛をあしらってるので、殊にベルモンテびいきのファンは虫が収らないと見え、しきりに半畳を入れる者がある。オーチョー・パララ・レンチャ……と方々から叫び声が投げられる。遂に突き刺したが、剣は半分きり刺さらなかった。二度目の十字剣でやっと仕込めた[#「仕込めた」はママ]。
 喧喧囂囂のうちに場は閉じられた。まさに六時が振り上げられた所だった。
 翌日
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