者はリヴァプールでもどこでもイギリスの一角に觸れることを樂しみにしてる人もあつたが、大部分の人は、イギリスの海岸は危險だからそんな所へ寄ることは御免を蒙つて早く日本へ歸りたいといつてゐた。しかし、とにかく、陸を離れるといふことは一般の喜びであつた。
 ところが、その日になると掲示は剥がされてしまつた。出帆はまた延期になつた。不安と不平が前よりも濃厚に充滿した。説明する者がないので疑惑が疑惑を産み、流言蜚語が飛び交《か》つた。事實は、フランスの官憲が更に法律の適用を考へ出して、中立隣國(ベルヂク)への積荷をも差押へ得る權利があると主張して、アントワープ行の貨物をも押へようとして、それにからんでのいきさつであつたらしい。
 ――これからまた幾日もかかつて荷揚が始まるのか?
 ――もう荷揚はすんでるんだ。それを取り戻さうとしてるんだ。
 ――そんな物はくれてやつて、早く出したらいいぢやないか。
 ――なあに、船では荷物の方がお客さんで、お客さんの方は荷物よりもつまらないもんだよ。
 ――荷物は不平を言はないからな。
 ――金になるからだ。
 そんな對話が取り換はされるのも聞かれた。
 船は殆
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