押へられたのである。それを荷揚するために、ボルドーの港から八キロ(町からは十三キロ)の下流なるバッサン・アヴァルの岸壁に碇泊しろと指定されたのである。
それで翌十三日、上汐《あげしほ》の時刻を見はからつて船はバッサン・アヴァルへ下つてしまつた。避難者の乘込は、その荷揚がすんでからといふことになつた。
乘り込むまでにまだ暇があるので、書き洩らしたことを少しばかり補つて置くことにしよう。
ボルドーに着いた翌日、私たちはプラース・デ・グラン・ドムの附近のホテルに落ちつくと、彌生子は前の晩停車場で見はぐれた正金の家族の人たちが心配してるといけないから、無事に落ちついたことを早く知らせて上げたいといひだした。人口二十五萬の都市だから、ホテルの數だつて大小おびただしいものだらう。それをしらみつぶしに搜すわけには行かないのであるが、搜すのに一つの手がかりは、一行二十七人といふ大勢ではあり、殊に子供の數が非常に多いといふことだつた。日本人の子供は外國人の子供のやうに室内におとなしくしてないで、戸外にたかつて遊んでるに相違ないから、公園とか廣場とかに行つて見たら出逢ふかも知れない。さう思はれたので
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