ところが、警官が亢奮してゐて甚だ穩やかでない言葉を使ひ、此の非常時にパリで學問をしようと思ふなどは心得ちがひだ。殘留するのなら義勇軍に志願しろといつたさうだ。一人のブルガリア人は何か口ごたへをしたので横つ面を撲《は》られ、最後に階段から蹴落された。その青年はそれを見てこわくなり、査證ももらはないで歸つて來た。
 いつしよにその話を聞いてゐたAは、なんだかフランス人らしくないね、といふと、Bは、それがフランス人だよ、といつた。
 それから、パリでは諸般の取締が日に日にやかましくなり、アレルトの鳴つてる間、即ち、人人がアブリへ逃げ込んでる間、他人の室内に侵入した者は死刑に處するといふ布令が出たさうだ。戸外でガス・マスクを携帶しない者は三十フランの罰金を課するといふ達示も出たといふ。ガス・マスクはボルドーの市街でもたいがいの人は持つて歩いてゐる。しかし、船を待つてる外國人には持つてない者が多い。
 私たちのホテルには二三日前から一組のドイツ人らしい家族が泊まつてゐたが、そのうち二十《はたち》あまりの息子らしい青年は姿を消した。私は市街の方方に貼り出されてある掲示を思ひ出した。敵國の國民で十八
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