誰がゐるかも容易にわからなくなつた。時計はあと一分しかないところを示してゐた。赤帽は私のスーツ・ケイスをかついで改札口から薄暗い「艙《ハツチ》口」の底の方へ駈け下りて行つた。運よく改札口の手前にI氏が立つてゐるのを見つけ、私は簡單に事の成行を話すと、
――奧さんには私から話して置きます。とにかく、それはよかつたです。
――さよなら。
――御機嫌よう。
私は階段を駈け下りた。階段もプラットフォームも人がいつぱいだつた。赤帽は列車の前に待つてゐて、私を押し込めるやうにして乘せ、その後から二つのスーツ・ケイスを投げ込んだ。同時に、列車は動き出した。
私は彼の忠實な努力に報いるために二三枚の銀貨をポケットからつかみ出して、彼のさし伸ばした手の平に入れてやるだけの餘裕をやつと持つことができた。彼は帽子に手をかけて、メルシ・ボクを投げかけた。
全く期待しないことだつた。私は十一時の列車を見送つて置いて、その後で乘れたら乘る、乘れなくても、明日か明後日のうちには何とかしてボルドーまで行けるだらう、と考へてゐた。それが、偶然にも私の方が先に立つことになつた。正金の人たちは日本人の中でパリ落
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