。今さら変更することもできず、一日延ばしたところで、明日の天気が保証されるわけでもないから、文字通り運を天にまかせて登って見ようということにきめた。
 それにつけても一つ気がかりなことは、他の荷物はベルンで知り合いになった染矢君(藤田君の友人)の厚意で先にジュネーヴまで届けてもらったが、スーツケイスを一つインターラーケンに持って来てあるのだ。私たちの登山電車がインターラーケンに戻って来るのは夕方の十七時五十分で、ジュネーヴ行の列車が出るのは十八時六分で、その間十六分きりないから、一時預けにできればそれでもよいのだが、それよりも時刻を見計らって御苦労だがこれを停車場まで持って来てくれないか、と親爺に頼むと、こころよく引き受けてくれた。弥生子は傘を借りた。
 登山鉄道は、インターラーケンからシャイデックまでの二十四キロはベルン高地鉄道、シャイデックからユンクフラウヨッホまでの約十キロはユンクフラウ鉄道、と乗り分けることになる。後者は季節には一日八回往復するけれども、今は一日一回きり往復しない。(十一月から三月までの間は交通が全然杜絶する。)
 インターラーケンからラウターブルンネンまで十二
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