キロ、その間二五〇米ほどの登りで沿道は別に何の奇もない。しかしラウターブルンネンは書き留めて置くに値する奇景の地である。断崖絶壁の寄り集まった渓谷で、村はどこに人家が隠されてあるかわからないほどに散らかっているが、高い断崖から(雪どけの季節だからか)大きな滝が幾つも懸かっていて、小さい流れが其処にもできて居り、リュッツィーネの川に皆流れ込んでいる。川床には到る所に泉が湧き出して、それでラウターブルンネン(泉ばかり)という名前ができたのだという。
私たちは此処で登山電車に第一回の乗換をさせられる。電車はリュッツィーネを横断すると、いきなり前部が持ち上って急峻な坂道を登り出す。謂わゆるラック・アンド・ピニョン式の電車で、歯車《ピニョン》が一つ一つ枠架《ラック》を喰い締めてことことと登って行く。上はどこを見ても一面の積雪で、片側は白い壁がどんどん窓を掠めて駈け下ると、片側は新緑の谷間が見る見る深くなって行き、其処には針葉樹の群落が幾つもあり、その間に赤や青に塗った人家が散在して、煙突からは淡い煙がのどかに立っている。春と冬の間を行ってるようなものだが、わるいことに霙のようなのがぽつりぽつり
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