今日だけに、大いに気に入った。
 食事前に村を散歩して見ると、ホテルはどこもまだ閑散で(季節は六月以後)、名物のククー時計や熊の木彫や絵端書などを列べた店もがらんとしていた。ユンクフラウやメンヒは村をはずれて少し小高い所まで行かないとよく見えなかった。

    三

 あけの朝は遠足の日の小学生のように早く目をさましたが、一番に気づかわれたのは天気だった。ユンクフラウに登るとはいっても電車が運んでくれるのだから、問題は足ではなくすべて天候に係っていた。一万一千四百六尺のユンクフラウヨッホまで登っても、霽れてくれなければ登った効果は失われてしまう。ところが、あいにく、空はどんよりして今にも何か落ちて来そうだった。ホテルの親爺に相談して見ると、山の上のことは何ともいえないが、吹雪かも知れませんよ、ということだった。気象予報は雪となっていた。吹雪を見に行っても仕方がないが、此処まで来て登らないで引き返すのは心残りだ。二三日滞在のつもりで来ればよかったのだけれども、今日は山から下りるとその足で汽車に乗り、夜なかにジュネーヴまで伸す予定で、ジュネーヴでは同郷の藤田君が停車場で待ってくれてる筈だ
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