フラウ、さよなら!
 アイスメーアのトンネルの中でまた乗り換える。トンネルの中が停車場になって、岩壁に窓が開けてあり、其処から外側が眺められるので、みんなして行って見る。外は雪ばかりだった。窓框の内側にも雪が二三寸積もっている。その雪の中を小さい蚊の幼虫みたいなものが動いてるのをペル君が摘まみ上げて、何だろう何だろうと不思議がってると、肥ったドイツ人がグレッチャーフロー(氷河の蚤)という名前を教えた。
 アイガーグレッチャーの付近では、今朝よりも目に見えて雪が深くなっていた。空には太陽の底光りが目に強く感じられながら、まだちらちら降っている。
 シャイデックだったか、行きには気がつかなかったが、電車軌道より低い所にある郵便局が雪に埋まっていた。その屋根の上に北極犬が三匹、少し低い所にも二匹うずくまって、電車の下って行くのを見ていた。耳の立った大きな灰色の犬だった。雪の季節には郵便の橇を曳かせるのだそうだ。アルプスは夏の季節になっても、交通は電車と徒歩だけで、自動車のドライヴということはないという話が出た。一つは地勢にも因るのだが、アルプスの人間は自動車の騒がしい音と臭いガソリンの匂いが
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