ow といった方がいいかも知れない。というと、彼は可愛らしい名前だといって、ノートを出して書き留めていた。なんでも丹念に書き留めるくせのある男だった。南米で生れて南米で育ち、雪の降るところはスウィスに来て初めて見るといって喜んでいた。
 食事はスープと肉とデザートで、非常に高かったように思う。しかし、鎗の頂上より二百三十米高い所でサーヴしてもらうのだと思うと高くも感じなかった。若い娘たちがいそいそと立ち働いていた。暖房の装置もよく、室内は外套を脱いでいて丁度程よい暖かさだった。
 サロンの外のテラスに出ると、すぐ東にはメンヒの峰(四一〇五米)が、西南にはユンクフラウの峰(四一六六米)が聳え立って、その間にコンコルディア広場《プラツ》とかアレッチュ氷河《グレッチャ》とか呼ばれる氷河時代からの千古の氷原が横たわって、遠くローンの渓谷までも見渡せるというので、扉を排して出ては見たが、横なぐりに吹きつけて来る烈風と骨に喰い入る寒冷に長くは立っていられなかった。上には断崖が削り立ち、下には氷河の渓谷が開けているが、大きな雪片が飛乱してあまり遠くまでは見わけがつかない。私たちの立ってるすぐ上の軒庇
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