端に大きな石造二階建のレストランが半分雪に埋もれて立ってるきりで、他にはなんにも見えなかった。それから四十分ほど登るとアイガーヴァント(アイガー絶壁、二八七〇米)。此処からは、晴れてるとスウィスの西部全体が遠くフランス国境まで見渡せるそうだ。四分間停車。
 電車は長いトンネルに入って行く。アイガーの胎内をくぐるわけである。此の登山鉄道の工事のえらさは、車室にじっと坐ってるのでは実感しにくいが、地図を見るとよくわかる。アイガー、メンヒ、ユンクフラウ、此の三つの大山が、北から南へ一列に並んでいる。それを、北西のシャイデックから登って来た鉄道が、此処でまずアイガーの胴体を北から南へ突き抜け、その次にもう一度メンヒの胴体を北西から南東へかけて突き抜け、つまり大きく半円を描いて最後にメンヒの南西の尾根に出ると、其処がユンクフラウヨッホ(ユンクフラウ鞍部)で、ユンクフラウの峰角を目の前に仰ぐようになってるのである。
 アイガーヴァントのトンネルの先はアイスメーア(氷海、三一六〇米)の停車場で、此処でまた五分間停車。第三回の乗換で、また別の車に移される。皆、寒い寒いとつぶやく。岩角に三四尺の氷柱が垂
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