ターラーケンで思い惑ったことをまた繰り返して思い惑ったが、結局、吹雪のアルプスを見るのも一興だから敢行しようということに腹をすえた。それには一人の若いイギリスの紳士の勧誘も手伝っていた。便所で私は彼と並んで用をたしていた。あんたはどうしますか、と彼は聞いた。躊躇してるんだが、此処にじっとしててもつまらないと思いましてね、というと、行きましょう、行きましょう、僕はもう切符を買った、と彼は激励した。便所から出て私は往復を二枚買った。
 電車は四十五分に動き出した。車内は私たち夫妻と、例のイギリス人と、ブラジルから来たジャーナリストと、ドイツ人夫妻と、それだけだった。六人で借り切るには勿体ない車だった。尤も、発車間際になって若い男女のスキーヤーが六七人どやどやと駈け込んで来たが、次のアイガーグレッチャー(アイガー氷河口、二三二〇米、そこまで十五分)に着くと皆飛び下りて、ビンドゥングを締めるなりすぐと滑り去ってしまった。シュトックを振ったり、手を振ったりしながら。どこの青年たちか知らないが、元気で快活で、アルプスを遊び場にしてるのが羨しく思われた。
 アイガーグレッチャーの停車場の前には断崖の
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