た。
「処女の木」の近くに一つの古井戸があって、水が湧いていた。マリアがその水を汲んで赤ん坊のキリストのむつぎ[#「むつぎ」に傍点]を洗った所だというので神聖視され、付近の他の井戸の水はすべて飲めないのに、その井戸の水だけは飲めるそうで、それも聖母の余徳であろう。尤も回教徒のアラビア人がそれをありがたがるのはどういう解釈だか聞き洩らしたが。サイドはおいしそうにそれを飲んだ。私も勧められたけれども、クリスチャンでも回教徒でもない私は恵みの分け前にあやかる特権を辞退した。
 しかし、エジプトの古い伝説に拠ると、その井戸は大昔からアイン・アシュ・シェムス(日の泉)と呼ばれ、ヘリオポリス地方の主神ラー(日の神)が初めて此の世界に現れた時、まず此の泉の水で顔を洗ったといわれている。五千年前にはそういった言い伝えで神聖視されていたのが、その後エジプトの宗教は衰え、千九百四十一年前にマリアがイスラエルから逃げて来て赤ん坊のむつぎ[#「むつぎ」に傍点]を洗濯をしたので、そのために今は有名になっている。

    二

 千九百四十一年前と限定したのは、キリストの生れたのは紀元元年ではなく紀元前四年が正
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