見たが、これはまづくて食へなかつた。そこで槇村君の例の大カバンからシカゴ製の罐詰を出して口直しをした。
 厚意ある桃太郎君とその細君と肥大したその母らしい人を相手にして私たちが行先の道筋について相談をしてゐる時に、婦人を乘せた山駕籠が一梃森の方から湖の方へ私たちの前を通つて行つた。その婦人は駕籠の外に袖を垂らして團扇をつかつてゐた。その後から白い兩手をむき出しにして帽子をかぶつてゐない若いアメリカ人らしい青年と、あひの子らしい髮の赤い日本服(浴衣)を着た少女がついて行つた。さうして最後にリユックサックを脊負つた中年の日本紳士がついて來たが、その人だけが私たちの休んでゐる家に入つて來て、桃太郎君と長いこと話をしてゐた。あとから聞くと、その人が精進《しやうじ》ホテルの支配人だとか持主だとかいふことであつた。山駕籠の婦人はその細君で、病氣のために東京とか甲府とかへつれて行くのだといふことであつた。
 やがて其處を出て森へかかると精進まで一里三十丁といふ標柱が立つてゐた。なでしこが澤山咲いてゐたが、それよりも薊の葉の大きく生き生きしてゐるのが氣持ちよく見られた。併し私たちの失望したことは、何處
前へ 次へ
全21ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
野上 豊一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング