ゐなかつた。
長濱に上るとすぐ道は上りになり、照りつける日は熱かつたけれども、三十分の後には私達は鳥坂峠の頂上に立つてゐた。其處から今渡つて來た河口湖を後に見下し、これから横ぎらうとする西湖を目の下に見やつた眺めは、恐らくいつまでも忘れられないであらう。更に、西湖の向に青木ヶ原の樹海を見渡し、それに續く丘陵の先に龍ヶ嶽(その頭《あたま》は富士と同じやうにまだ雲の中に隱れてゐた)を見た景色は、たとへば、此處から引返すとしても私たちは此の旅行を後悔しないだらうと思はれる程度のものであつた。峠の涼しい風に吹かれながら、虚山・槇村の兩君は寫眞機を抱へて頻りに駈け廻つてゐた。
それから西湖《にしのうみ》の村へ下りるのはわけはなかつた。湖は漢音でよみ、村の名はの[#「の」に傍点]の字を入れて訓讀するのださうである。鳥坂峠を上つた高さと下りた高さとから測つて、私たちには、西湖の方が河口湖より餘程水面が高いやうに思はれたから、西湖で雇つた船頭に聞いて見ると、何百尺と違ふといふことであつた。さう云へば、長濱の山の側面に水力電氣の例の竪琴のやうな裝置がしてあるのを見た。
西湖《さいこ》は周りにすぐ山
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