の富を所有していたことは、後に六代目の皇帝となったガルバが年少気鋭の頃、血縁の関係から彼女の遺産を相続し得たにもかかわらず、敢然としてそれを拒絶したので、ローマ市民に英雄的志操を持つとして拍手されたによっても察せられる。
そういった権勢と富を一身に集めていたリヴィアの住居が見られるということは、史的興味からいっても、また二千年前のローマ上流の生活状態を実感して見ようとする好奇心からいっても、旅行者にとっては此の上もない見ものでなければならない。
家の位置はティベリウスの宮殿の南で、ドミティアヌスの宮殿(ドムス・アウグスティナ)からいうと西に当る窪地で、ネロの地下道に沿って歩いて行くと、道路から石段を六七段下りなければならないように今はなっている。
下りて見ると、小さい柱廊があり、その先は美しいモザイクの敷石で中庭になって居り、いかにも小じんまりして、高貴な人の邸宅とは思えないほどの単純な構造がまず意外だった。事実、ローマ人とても久しく此の家の存在を忘れていたくらいで、一八六八年の発掘の際、或る部屋の片隅から水道の鉛管を掘り出したら、それに名前が彫ってあったので初めてリヴィアの家ら
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