m#「きれ」に傍点]が掛けてあるのも、女の寝室らしいなまめかしさが漂っていた。
ハサウェイの家は重代の自作農で、一種の郷士であった。アンは六人の子供(女三人と男三人)の一番上だった。シェイクスピアが彼女に求婚した時は、父のリチャードはすでに死んで、母のジョンが農事を宰領していた。もう春も闌けて、田園には夏らしい青葉が濃くなりかけていた頃、肉屋の息子と農家の娘の恋は芽を吹いた。訪問者は誰でもその家の窓際に金髪のアンが「朝露で洗われた薔薇《ばら》のようにかがやかしい」姿で、野を横ぎって来るウィリアムを待ちながら立ってるところを想像しないでは去らないだろう。二人の恋の場面は野の上でも牧場の上でも見られたであろう。肉屋の伜であった詩人は「恋は良心が何であるかを知るにはあまりに若い」と歌った。また「おお、物を教える甘い恋よ、お前が罪を犯したのなら、お前の誘惑したことわけを教えてくれ」と歌った。しかし、その頃彼は何を恋に教えられたか知らないが、記録の証明するところに拠ると、「恋の強い情熱」の結果は、その年(一五八二年)の十一月二十八日にショッタリの二人の百姓男を、ウィリアム・シェイクスピアとアン
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