ノなった。床《ゆか》は石灰石で敷き詰められてあるが、時代がたって、でこぼこしている。台所には古風な大きな炉があり、ドアの隣りは食料品の貯蔵所で、居間の壁際にはひどく擦り減らされた木の腰掛が取りつけてある。此処に「うぶな若者」のウィリアムが八つ年上の農家の処女アンと腕を組み合わせて腰かけている図を描き出して見るとおもしろかった。後ではあらゆる恋の場面を書いたシェイクスピアではあったけれども、その頃は「彼よりも悧巧な」アンの方が恋の手ほどきをしてやったものかと思われる。
此の家の見物の一つの興味は、三百年前の自作農の生活状態を想像させるのに都合のよい家具類がそのままに保存されてあることで、古い陶器や白鑞《ピューター》の食器のほかに珍らしい革の徳利(牧場用)が天井から下っていたり、二階の寝室には彫のある寝台に「万年|敷布《シーツ》」がまだ昔のまま掛けられてあったり、今から見ると質素ではあるが、当時としては決してちゃち[#「ちゃち」に傍点]な物とは思えない物が多かった。アンの寝台には褥の代りに妹が蘆で編んでやったという茣蓙蒲団が重ねてあり、その上に古びながらもまだ赤い色のあまり褪せてないきれ
前へ
次へ
全31ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
野上 豊一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング