の部屋を見るためで、謂わば一種の聖祠の如きものである。
 此の部屋の特色とされてるものは、壁と天井の窓框の到る所に一面に書き散らされた訪問者の署名で、眼鏡をかけた案内人の小さな婆さんが、その中にはウォルター・スコット、カーライル、サミュエル・ジョンソン、バイロン、サッカリなどの名前も見出せるといったけれども、私はそういった人たちの筆蹟の真偽を判定し得るわけでもないから、捜すことはしなかった。それに私は近視十度の眼鏡をかけているが、実際は半分遠視になりかけて、少し距離のある細かい文字は判読しにくいので、尚更あきらめるよりほかはなかった。しかしおもしろいことに、壁も天井も一面の落書で此の上もう記入する余地がなくなったので、署名希望者は誕生日に来て別に一シリング出せば、壁の代りに記名帳に署名させることになってるそうだ。だが、金を出して帳面に記入するのでは、落書の興味は感じられないだろう。そんな人たちは自由にジョンソンやカーライルと肩を並べて署名した先輩を羨ましがっているだろう。
 下の台所には珍らしいものが二つあった。一つは石畳の土間から一本の小さい柱が天井まで抜けていて、低い所に横木が通し
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