・楽屋が此の程度まで複雑なものになり、同時にそれが舞台の背景[#「舞台の背景」に傍点]としていかに有効に使用されたであろうかが実感された為のみでなく、その建造物は更に遥かに後方の自然の景観と融合して劇場全体の背景[#「劇場全体の背景」に傍点]としても巧みに利用されていたことを発見したからであった。
私は見物席のいろんな高さに立って眺めて見た。見物席は岩山を彫り刻んで造られた型の如くの半円形階段席であって、どの席からも舞台の後方に海が見え、高い席だけが海を大きく見るようになっている。細長い窓を幾つも持った赤煉瓦の建物の前には大理石のコリントス式円柱が列び、それが舞台の後方から左右に翼を張って、窓の間に、両翼の端に、また高い席から見ると建物の上に、イオニア海の蒼波がひろがって、その上にエトナが雪に蔽われて煙を噴いてる美しさは、近代劇場のいかなる背景も及ばないものである。古代の二万人の観客が此の美しい景観の前に坐って、舞台の上の三人の役者とオルケストラの上の十五人の合唱舞踊者の描き出す形と謡う声を娯しんだ有様を想像すると、パリやローマの夜の室内の演劇からは到底想像もつかないほど、明るい、朗
前へ
次へ
全18ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
野上 豊一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング