ホたの大きな桜の木に長い梯子を二つ掛けて、百姓の親爺と娘がさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]をもいでいた。あれを売ってくれないか知らと弥生子がいい出し、車を停めショファに懸け合わせると、やろうというので、銀貨を二つ渡すと、親爺も娘も梯子から下りて、食いきれないほどたくさん籠に入れて持って来た。それを私たちは新聞紙に載せて、膝の上にひろげ、摘まみながら進んだ。日ざしが次第に強くなり、いいかげんに咽喉が渇いて来たのでうまかった。
 クレルモンといい、レジレットといい、この辺一帯はアルゴンヌの森林地帯の一部で、大戦の時は一時ドイツ軍に占領されていた土地である。もうヴェルダンの前線までは二十キロあるかないかぐらいだった。

      二

 ヴェルダンの町に入って第一にする仕事は食事をすませることだった。広い石段の上に戦捷記念塔が高く聳えている。その石段の前にちょっとしたレストランがあった。ヴェルダン見物が流行《はや》ると見えて、中は客で一ぱいだった。
 食事がすむと、徒歩で町の見物をした。ヴェルダンはローマ人征服時代からの町だけに、規模は小さいけれども、道が狭く、石畳が古く、坂が多くて、
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