愈※[#二の字点、1−2−22]強く働く事と、わが未だ彼處《かしこ》にてかの目に向はざりし事とを思はゞ 一三三―一三五
わが辯解《いひひら》かんため自ら責むるその事をもて我を責めず、かつわが眞《まこと》を告ぐるを見む、そはかの聖なる樂しみをわれ今除きていへるに非ず 一三六―一三八
これまたその登るに從つていよ/\清くなればなり 一三九―一四一
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第十五曲
慾を惡意のあらはすごとくまつたき愛をつねにあらはす善意によりて 一―三
かのうるはしき琴は默《もだ》し、天の右手《めで》の弛《ゆる》べて締《し》むる聖なる絃《いと》はしづまりき 四―六
そも/\これらの靈體は、我をして彼等に請ふの願ひを起さしめんとて皆|齊《ひと》しく默《もだ》しゝなれば、いかで正しき請《こひ》に耳を傾けざらんや 七―九
苟且《かりそめ》の物を愛するため自ら永遠《とこしへ》にこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるも宜《むべ》なる哉《かな》 一〇―一二
靜なる、清き、晴和《のどけ》き空《そら》に、ゆくりなき火しば/\流れて、やすらかなりし目を動かし 一三―一五
位置を變ふる星と見ゆれど、たゞその燃え立ちし處にては失せし星なくかつその永く保たぬごとくに 一六―一八
かの十字架の右の桁《けた》より、かしこに輝く星座の中の星一つ馳せ下りて脚《あし》にいたれり 一九―二一
またこの珠《たま》は下るにあたりてその紐を離れず、光の線《すぢ》を傳ひて走り、さながら雪花石《アラバストロ》の後《うしろ》の火の如く見えき 二二―二四
アンキーゼの魂が淨土《エリジオ》にてわが子を見いとやさしく迎へしさまも(われらの最《いと》大いなるムーザに信をおくべくば)かくやありけむ 二五―二七
あゝわが血族《うから》よ、あゝ上より注がれし神の恩惠《めぐみ》よ、汝の外誰の爲にか天《あめ》の戸の二|度《たび》開かれしことやある。 二八―三〇
かの光かく、是に於てか我これに心をとめ、後《のち》目をめぐらしてわが淑女を見れば、わが驚きは二重《ふたへ》となりぬ 三一―三三
そは我をしてわが目にてわが恩惠《めぐみ》わが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑《ほゝゑみ》その目のうちに燃えゐたればなり 三四―三六
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初の音《ことば》に添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七―三九
但しこは彼が、好みて我より隱れしにあらず、已《や》むをえざるにいづ、人間の的《まと》よりもその思ふところ高ければなり 四〇―四二
しかしてその熱愛の弓冷えゆき、そがためその言《ことば》人智の的の方《かた》に下るにおよび 四三―四五
わがさとれる第一の事にいふ。讚《ほ》むべき哉|三一《みつひとつ》にいます者、汝わが子孫をかくねんごろに眷顧《かへりみ》たまふ。 四六―四八
また續いて曰ふ。白きも黒きも變ることなき大いなる書《ふみ》を讀みてより、樂しくも久しく饑《うゑ》を覺えしに 四九―五一
子よ汝はこれをこの光(我この中《うち》にて汝に物言ふ)のなかにて鎭《しづ》めぬ、こはかく高く飛ばしめんため羽を汝に着せし淑女の恩惠《めぐみ》によれり 五二―五四
汝信ずらく、汝の思ひは第一の思ひより我に移り、その状《さま》あたかも一《いち》なる數の知らるゝ時五と六とこれより分れ出るに似たりと 五五―五七
さればこそわが誰なるやまた何故にこの樂しき群《むれ》の中にて特《こと》によろこばしく見ゆるやを汝は我に問はざるなれ 五八―六〇
汝の信ずる所正し、そは大いなるも小《ちひさ》きもすべてこの生を享《う》くる者は汝の思ひが未だ成らざるさきに現はるゝかの鏡を見ればなり 六一―六三
されど我をして目を醒《さま》しゐて永遠《とこしへ》に見しめまたうるはしき願ひに渇《かは》かしむる聖なる愛のいよ/\遂《と》げられんため 六四―六六
恐れず憚《はゞか》らずかつ悦ばしき聲をもて思ひを響かし願ひをひゞかせよ、わが答ははや定まりぬ。 六七―六九
我はベアトリーチェにむかへり、この時淑女わが語らざるにはやくも聞きて、我に一の徴《しるし》を與へ、わが願ひの翼を伸ばしき 七〇―七二
我即ち曰ふ。第一の平等者《びやうとうじや》汝等に現はるゝや、汝等|各自《おの/\》の愛と智とはその重《おも》さ等しくなりき 七三―七五
これ熱と光とをもて汝等を照らしかつ暖めし日輪が、これに比《たぐ》ふに足る物なきまでその平等を保つによる 七六―七八
されど人間にありては、汝等のよく知る理由《ことわり》にもとづき、意《おも》ふことと表《あら》はす力とその翼同じからず 七九―八一
是故に人間の我、自らこの不同を感ずるにより、父の如く汝の歡《よろこ》び迎ふるをたゞ心にて謝するのみ 八二―八四
我誠に汝に請《こ》ふ、この貴き寶を飾る生くる黄玉《わうぎよく》よ、汝の名を告げてわが願ひを滿《み》たせ。 八五―八七
あゝわが葉よ。汝を待つさへわが喜びなりき、我こそ汝の根なりけれ。彼まづかく我に答へ 八八―九〇
後また曰《い》ひけるは。汝の家族《やから》の名の本《もと》にて、第一の臺《うてな》に山を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》ることはや百年餘《もゝとせあまり》に及べる者は 九一―九三
我には子汝には曾祖父《そうそふ》なりき、汝|須《すべか》らく彼の爲にその長き勞苦をば汝の業《わざ》によりて短うすべし 九四―九六
それフィオレンツァはその昔の城壁――今もかしこより第三時と第九時との鐘聞ゆ――の内にて平和を保ち、かつ節《ひか》へかつ愼《つつし》めり 九七―九九
かしこに索《くさり》も冠もなく、飾れる沓《くつ》を穿《は》く女も、締むる人よりなほ目立つべき帶もなかりき 一〇〇―一〇二
まだその頃は女子《によし》生るとも父の恐れとならざりき、その婚期《とき》その聘禮《おくりもの》いづれも度《のり》を超《こ》えざりければなり 一〇三―一〇五
かしこに人の住まざる家なく、室《しつ》の内にて爲《せ》らるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六―一〇八
まだその頃は汝等のウッチェルラトイオもモンテマーロにまさらざりき――今その榮《さかえ》のまさるごとく、この後|衰《おとろへ》もまたまさらむ 一〇九―一一一
我はベルリンチオーン・ベルティが革紐《かわひも》と骨との帶を卷きて出で、またその妻が假粧《けさう》せずして鏡を離れ來るを見たり 一一二―一一四
またネルリの家長《いへをさ》とヴェッキオの家長《いへをさ》とが皮のみの衣をもて、その妻等が紡錘《つむ》と麻とをもて、心に足《た》れりとするを見たり 一一五―一一七
あゝ幸《さち》多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりて獨《ひと》り臥床《ふしど》に殘されず 一一八―一二〇
ひとりは目を醒《さめ》しゐて搖籃《ゆりかご》を守り、またあやしつゝ、父母《ちゝはゝ》の心をばまづ樂します言《ことば》を用ゐ 一二一―一二三
ひとりは絲を紡《つむ》ぎつゝ、わが家《や》の人々と、トロイア人《びと》、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四―
ラーポ・サルテレルロの如き者その頃ありしならんには、チンチンナートやコルニーリアの今における如く、いと異《あや》しとせられしなるべし ―一二九
かく平穩《やすらか》にかく美しく邑《まち》の人々の住みゐたる中《なか》に、かく頼もしかりし民、かくうるはしかりし客舍に 一三〇―一三二
マリア――唱名の聲高きを開きて――我を加へ給へり、汝等の昔の授洗所にて我は基督教徒《クリスティアーノ》となり、カッチアグイーダとなりたりき 一三三―一三五
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーの溪《たに》よりわが許《もと》に來れり、汝の姓《うぢ》かの女より出づ 一三六―一三八
後われ皇帝クルラードに事《つか》へ、その騎士の帶をさづけられしほど功《いさを》によりていと大いなる恩寵《めぐみ》をえたり 一三九―一四一
我彼に從ひて出で、牧者達の過のため汝等の領地を侵《おか》す人々の不義の律法《おきて》と戰ひ 一四二―一四四
かしこにてかの穢《けが》れし民の手に罹《かゝ》りて虚僞《いつはり》の世――多くの魂これを愛するがゆゑに穢る――より解かれ 一四五―一四七
殉教よりこの平安に移りにき。 一四八―一五〇
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第十六曲
あゝ人の血統《ちすぢ》のたゞ小《さゝや》かなる尊貴《たふとさ》よ、情の衰ふるところなる世に、汝人々をして汝に誇るにいたらしむとも 一―三
我|重《かさ》ねてこれを異《あや》しとすることあらじ、そは愛欲の逸《そ》れざるところ即ち天にて我自ら汝に誇りたればなり 四―六
げに汝は短くなり易《やす》き衣のごとし、日に日に補ひ足されずば、時は鋏《はさみ》をもて周圍《まはり》をめぐらむ 七―九
ローマの第一に許しゝ語《ことば》しかしてその族《やから》の中にて最も廢《すた》れし語なるヴォイを始めに、我再び語りいづれば 一〇―一二
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、笑《ゑみ》を含み、さながら書《ふみ》に殘るかのジネーヴラの最初の咎《とが》を見て咳《しはぶ》きし女の如く見えき 一三―一五
我|曰《い》ひけらく。汝《ヴォイ》はわが父なり、汝いたく我をはげまして物言はしめ、また我を高うして我にまさる者とならしむ 一六―一八
いと多くの流れにより嬉しさわが心に滿《み》つれば、心は自らその壞《やぶ》れずしてこれに堪《た》ふるをうるを悦ぶ 一九―二一
さればわが愛する遠祖《とほつおや》よ、請《こ》ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝|童《わらべ》なりし時、年は幾何《いくばく》の數をか示せる 二二―二四
請ふ告げよ、聖《サン》ジョヴァンニの羊の圈《をり》はその頃いかばかり大いなりしや、またその内にて高座《かみざ》に就くに適《ふさ》はしき民は誰なりしや。 二五―二七
たとへば炭風に吹かれ、燃えて焔を放つごとく、我はかの光のわが媚ぶる言《ことば》をきゝて輝くを見たり 二八―三〇
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\麗《うるは》しき柔《やはら》かき聲にて(但し近代《ちかきよ》の言葉を用ゐで) 三一―三三
我に曰ひけるは。アーヴェのいはれし日より、今は聖徒なるわが母、子を生み、宿《やど》しゝ我を世にいだせる時までに 三四―三六
この火は五百八十囘己が獅子の處にゆき、その足の下にてあらたに燃えたり 三七―三九
またわが先祖達と我とは、汝等の年毎の競技に與《あづか》りて走る者がかの邑《まち》の最後の區劃《わかち》を最初に見る處にて生れき 四〇―四二
わが列祖の事につきては汝これを聞きて足れりとすべし、彼等の誰なりしやまた何處《いづこ》よりこゝに來りしやは寧《むし》ろ言はざるを宜《むべ》とす 四三―四五
その頃マルテと洗禮者《バッティスタ》との間にありて武器を執《と》るをえし者は、すべて合せて、今住む者の五|分《ぶ》一なりき 四六―四八
されど今カムピ、チェルタルド、及びフェギーネと混《まじ》れる斯民《このたみ》、その頃はいと賤しき工匠《たくみ》にいたるまで純なりき 四九―五一
あゝこれらの人々皆|隣人《となりびと》にして、ガルルッツォとトレスピアーノとに汝等の境あらん方《かた》、かれらを容《い》れてかのアグリオンの賤男《しづのを》 五二―
またはシーニアの賤男(公職《おおやけのつとめ》を賣らんとはや目を鋭うする)の惡臭《をしう》を忍ぶにまさることいかばかりぞや ―五七
もし世の最も劣《おと》れる人々、チェーザレと繼《まゝ》しからず、あたかも母のわが兒におけるごとくこまやかなりせば 五八―六〇
かの今フィレンツェ人《びと》となりて兩替しかつ商賣《あきなひ》するひとりの人は、その祖父が物乞へる處なるシミフォンテに歸りしなるべく 六一―六三
モンテムルロは今も昔の伯等《きみたち》に屬し、チェルキはアーコネの寺領に殘り、ボンデルモンティは恐らくはヴァルディグレーヴェに殘れるなるべし 六
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