O―一〇五
今やわが言《ことば》は(わが想起《おもひいづ》ることにつきてさへ)、まだ乳房《ちぶさ》にて舌を濡らす嬰兒《をさなご》の言《ことば》よりもなほ足《た》らじ 一〇六―一〇八
わが見し生くる光の中にさま/″\の姿のありし爲ならず(この光はいつも昔と變らじ) 一〇九―一一一
わが視る力の見るにつれて強まれるため、たゞ一の姿は、わが變るに從ひ、さま/″\に見えたるなりき 一一二―一一四
高き光の奧深くして燦《あざや》かなるがなかに、現はれし三《みつ》の圓あり、その色三にして大いさ同じ 一一五―一一七
その一はイリのイリにおけるごとく他の一の光をうけて返すと見え、第三なるは彼方《かなた》此方《こなた》より等しく吐かるゝ火に似たり 一一八―一二〇
あゝわが想《おもひ》に此《くら》ぶれば言《ことば》の足らず弱きこといかばかりぞや、而してこの想すらわが見しものに此ぶればこれを些《すこし》といふにも當らじ 一二一―一二三
あゝ永遠《とこしへ》の光よ、己が中にのみいまし、己のみ己を知り、しかして己に知られ己を知りつゝ、愛し微笑《ほゝゑ》み給ふ者よ 一二四―一二六
反映《てりかへ》す光のごとく汝の生むとみえし輪は、わが目しばしこれをまもりゐたるとき 一二七―一二九
同じ色にて、その内に、人の像《かたち》を描き出しゝさまなりければ、わが視る力をわれすべてこれに注げり 一三〇―一三二
あたかも力を盡して圓を量《はか》らんとつとめつゝなほ己が要《もと》むる原理に思ひいたらざる幾何學者《きかがくしや》の如く 一三三―一三五
我はかの異象《いしやう》を見、かの像《かたち》のいかにして圓と合へるや、いかにしてかしこにその處を得しやを知らんとせしかど 一三六―一三八
わが翼これにふさはしからざりしに、この時一の光わが心を射てその願ひを滿たしき 一三九―一四一
さてわが高き想像はこゝにいたりて力を缺きたり、されどわが願ひと思ひとは宛然《さながら》一樣に動く輪の如く、はや愛に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》らさる 一四二―一四四
日やそのほかのすべての星を動かす愛に。 一四五―一四七
[#改ページ]
註([#ここから割り注]地、は『神曲(地獄篇)』。淨、は『神曲(淨火篇)』。天、は『神曲(天堂篇)』の略[#ここで割り注終わり])
第一曲
ダンテ、ベアトリーチェとともに第一天(月)にむかひて昇り、みちすがら淑女の教へを聽く
一―三
【動かす者】神(淨、二五・七〇及び『コンヴィヴィオ』三・一五・一五五以下參照)
【一部に】神の榮光はいたらぬくまなし、されど受くる者の力に從ひその受くる光に多少あり
四―六
【天】エムピレオの天(ダンテがカン・クランデに與ふる書四三八行以下參照)
【知らず】知らざるは忘るればなり、えざるは言葉及ばざれはなり(同上、五七三―五行參照)
七―九
【己が願ひ】神。我等の智その終極の目的なる神に近きがゆゑに神を見、神を知らんとて奧深く進み入るなり
一三―一五
【アポルロ】アポロン、ゼウスとレトの間の子(淨、二〇・一三〇―三二註參照)、こゝにては詩の神として
【愛する桂】アポロン、河神ペネウスの女なるニンファ、ダフネを慕ひてこれを追ふ、ダフネその及ばざるを見、救ひを己が父に請ひ遂に化して桂樹となる。アポロン即ちその枝を抱き樹に接吻《くちづけ》していふ「われ汝をわが妻となす能はざれば、せめては汝をわが木となさむ、あゝ桂《ラウロ》よ、汝は常にわが髮わが琴わが胡※[#「竹かんむり/祿」、第3水準1−89−76]《やなぐひ》の餝《かざり》となるべし」云々(オウィディウス『メタモルフォセス』一・四五二以下)。桂は詩人の榮冠なり
一六―一八
地獄、淨火の二篇においてはムーサの助けのみにて足りしかど、天堂篇においてはこれに加へてさらにアポロンの助けを借らざるべからず、これ詩題のいよ/\聖にしていよ/\難きによりてなり
【一の巓】パルナーゾ(パルナッソス)(淨、二・六四―六註參照)に二の峯あること神話に見ゆ(『メタモルフォセス』一・三一六以下等)されどダンテがその一をムーサの、他をアポロンのとゞまる所とせしは、やゝ中古の傳説と異なれり
一九―二一
マルシュアスに勝ちし時のごとき美妙の樂をダンテに奏せしめよとの意。「氣息《いき》を嘘《ふ》く」は靈感を與ふるなり
【マルシーア】フリュギアのサテュロス、マルシュアス。アテナの棄てし笛を拾ひてこれを吹き、遂にアポロンと技を競べんことを求む。アポロン琴を彈じ歌をうたひてこれに勝ち、その僭上を惡《にく》むのあまりこれが身の皮を剥ぐ(『メタモルフォセス』六・三八二以下參照)
二二―二四
【汝我をたすけ】原、「汝己を我に貸し」
二五―二七
【詩題と汝】詩題の崇高と汝の祐助
二八
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