と、凡ての者の後《うしろ》よりたゞひとりにて眠りて來れる氣色鋭き翁を見たり 一四二―一四四
この七者《なゝたり》は衣第一の組と同じ、されど頭を卷ける花圈《はなわ》百合にあらずして 一四五―一四七
薔薇とその他の紅の花なりき、少しく離れしところにてもすべての者の眉の上にまさしく火ありと見えしなるべし 一四八―一五〇
輦《くるま》わが對面《むかひ》にいたれるとき雷《いかづち》きこえぬ、是に於てかかのたふとき民はまた進むをえざるごとく 一五一―一五三
最初の旌とともにかしこにとゞまれり 一五四―一五六
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第三十曲
第一天の七星(出沒《いるいづる》を知らず、罪よりほかの雲にかくれしこともなし 一―三
しかしてかしこにをる者に各※[#二の字点、1−2−22]その任務《つとめ》をしらしめしこと恰も低き七星の、港をさして舵取るものにおけるに似たりき) 四―六
とゞまれるとき、是とグリフォネの間に立ちて先に進める眞《まこと》の民、己が平和にむかふごとく、身をめぐらして車にむかへば 七―九
そのひとりは、天より遣はされしものの如く、新婦《はなよめ》よリバーノより來れ[#「よリバーノより來れ」に白丸傍点]と三度《みたび》うたひてよばはり、ほかの者みなこれに傚へり 一〇―一二
最後の喇叭《らつぱ》の響きとともに、すべて惠《めぐ》まるゝ者、再び衣を着たる聲をもてアレルヤをうたひつゝその墓より起出づるごとく 一三―一五
かの大いなる翁《おきな》の聲をきゝて神の車の上にたちあがれる永遠《とこしへ》の生命《いのち》の僕《しもべ》と使者《つかひ》百ありき 一六―一八
みないふ。來たる者よ汝は福なり[#「來たる者よ汝は福なり」に白丸傍点]。また花を上とあたりに散らしつゝ。百合を手に滿たして[#「百合を手に滿たして」に白丸傍点]撒《ま》け[#「け」に白丸傍点]。 一九―二一
我かつて見ぬ、晝の始め、東の方こと/″\く赤く、殘りの空すみてうるはしきに 二二―二四
日の面《おもて》曇りて出で、目のながくこれに堪ふるをうるばかり光水氣に和《やは》らげらるゝを 二五―二七
かくのごとく、天使の手より立昇りてふたゝび内外《うちそと》に降れる花の雲の中に 二八―三〇
白き面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かほおほひ》の上には橄欖を卷き、縁の表衣《うはぎ》の下には燃ゆる焔の色の衣を着たるひとりの淑女あらはれぬ 三一―三三
わが靈は(はやかく久しく彼の前にて驚異《おどろき》のために震ひつゝ挫《くじ》かるゝことなかりしに) 三四―三六
目の能くこれに教ふるをまたず、たゞ彼よりいづる奇《く》しき力によりて、昔の愛がその大いなる作用《はたらき》を起すを覺えき 三七―三九
わが童《わらべ》の時過ぎざるさきに我を刺し貫けるたふとき力わが目を射るや 四〇―四二
我はあたかも物に恐れまたは苦しめらるゝとき、走りてその母にすがる稚兒《をさなご》の如き心をもて、たゞちに左にむかひ 四三―四五
一|滴《しづく》だに震ひ動かずしてわが身に殘る血はあらじ、昔の焔の名殘をば我今知るとヴィルジリオにいはんとせしに 四六―四八
ヴィルジリオ、いとなつかしき父のヴィルジリオ、わが救ひのためにわが身を委ねしヴィルジリオははや我等を棄去れり 四九―五一
昔の母の失へるすべてのものも、露に淨められし頬をして、涙にふたゝび汚れしめざるあたはざりき 五二―五四
ダンテよ、ヴィルジリオ去れりとて今泣くなかれ今泣くなかれ、それよりほかの劒《つるぎ》に刺されて汝泣かざるをえざればなり。 五五―五七
己が名(我已むをえずしてこゝに記《しる》せり)の呼ばるゝを聞きてわれ身をめぐらせしとき、我はさきに天使の撒華《さんげ》におほはれて 五八―
我にあらはれしかの淑女が、さながら水軍《ふなて》の大將の、艫《とも》に立ち舳《へさき》に立ちつゝあまたの船に役《つか》はるゝ人々を見てこれをはげまし
よくその業《わざ》をなさしむるごとく、車の左の縁《ふち》にゐて、流れのこなたなる我に目をそそぐを見たり ―六六
ミネルヴァの木葉《このは》に卷かれし面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かほおほひ》その首《かうべ》より垂るゝがゆゑに、我さだかに彼を見るをえざりしかど 六七―六九
凛々《りゝ》しく、氣色《けしき》なほもおごそかに、あたかも語りつゝいと熱《あつ》き言《ことば》をばしばし控《ひか》ふる人の如く、彼續いていひけるは 七〇―七二
よく我を視よ、げに我は我はげにベアトリーチェなり、汝|如何《いか》してこの山に近づくことをえしや汝は人が福《さいはひ》をこゝに受くるを知らざりしや。 七三―七五
わが目は澄める泉に垂れぬ、されどそこに己が姿のうつれるをみて我これを草に移しぬ、恥いと重く額を壓《お》せしによりてなり 七六―七八
母たる者の子に嚴《いかめ》しとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫《あはれみ》の味《あぢ》は苦味《にがみ》を帶ぶるものなればなり 七九―八一
彼は默せり、また天使等は忽ちうたひて、主よわが望みは汝にあり[#「主よわが望みは汝にあり」に白丸傍点]といへり、されどわが足を[#「わが足を」に白丸傍点]の先をいはざりき 八二―八四
スキアヴォーニアの風に吹寄せられてイタリアの背なる生くる梁木《うつばり》の間にかたまれる雪も 八五―八七
陰を失ふ國氣を吐くときは、火にあへる蝋かとばかり、溶け滴りて己の内に入るごとく 八八―九〇
つねにとこしへの球の調《しらべ》にあはせてしらぶる天使等いまだうたはざりしさきには、我に涙も歎息《なげき》もあらざりしかど 九一―九三
かのうるはしき歌をきゝて、彼等の我を憐むことを、淑女よ何ぞかく彼を叱責《さいな》むやと彼等のいふをきかんよりもなほ明《あきら》かに知りし時 九四―九六
わが心のまはりに張れる氷は、息《いき》と水に變りて胸をいで、苦しみて口と目を過ぎぬ 九七―九九
彼なほ輦《くるま》の左の縁《ふち》に立ちてうごかず、やがてかの慈悲深き群《むれ》にむかひていひけるは 一〇〇―一〇二
汝等とこしへの光の中に目を醍《さま》しをるをもて、夜《よる》も睡りも、世がその道に踏みいだす一足をだに汝等にかくさじ 一〇三―一〇五
是故にわが答への求むるところは、むしろかしこに泣く者をしてわが言《ことば》をさとらせ、罪と憂ひの量《はかり》を等しからしむるにあり 一〇六―一〇八
すべて生るゝ者をみちびきその侶なる星にしたがひて一の目的《めあて》にむかはしむる諸天のはたらきによるのみならず 一〇九―一一一
また神の恩惠《めぐみ》(その雨のもとなる水氣はいと高くして我等の目近づくあたはず)のゆたかなるによりて 一一二―一一四
彼は生命《いのち》の新たなるころ實《まこと》の力すぐれたれば、そのすべての良き傾向《かたむき》は、げにめざましき證《あかし》となるをえたりしものを 一一五―一一七
種を擇ばず耕さざる地は、土の力のいよ/\さかんなるに從ひ、いよ/\惡くいよ/\荒る 一一八―一二〇
しばらくは我わが顏をもて彼を支《さゝ》へき、わが若き目を彼に見せつゝ彼をみちびきて正しき方《かた》にむかはせき 一二一―一二三
我わが第二の齡《よはひ》の閾《しきみ》にいたりて生を變ふるにおよび、彼たゞちに我をはなれ、身を他人《あだしびと》にゆだねぬ 一二四―一二六
われ肉より靈に登りて美も徳も我に増し加はれるとき、彼却つて我を愛せず、かへつて我をよろこばす 一二七―一二九
いかなる約束をもはたすことなき空しき幸《さいはひ》の象《かたち》を追ひつゝその歩《あゆみ》を眞《まこと》ならざる路にむけたり 一三〇―一三二
我また乞ひて默示をえ、夢幻《ゆめまぼろし》の中にこれをもて彼を呼戻さんとせしも益なかりき、彼これに心をとめざりければなり 一三三―一三五
彼いと深く墜ち、今はかの滅亡《ほろび》の民を彼に示すことを措きてはその救ひの手段《てだて》みな盡きぬ 一三六―一三八
是故にわれ死者の門を訪《と》ひ、彼をこゝに導ける者にむかひて、泣きつゝわが乞ふところを陳べぬ 一三九―一四一
若し夫れ涙をそゝぐ悔《くい》の負債《おひめ》を償《つぐの》はざるものレーテを渡りまたその水を味ふをうべくば 一四二―一四四
神のたふとき定《さだめ》は破れむ。
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第三十一曲
あゝ汝聖なる流れのかなたに立つ者よ、いへ、この事|眞《まこと》なりや否や、いへ、かくきびしきわが責《せめ》に汝の懺悔のともなはでやは 一―三
彼は刃《は》さへ利《と》しとみえしその言《ことば》の鋩《きつさき》を我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四―六
わが能力《ちから》の作用《はたらき》いたく亂れしがゆゑに、聲は動けどその官を離れて外《そと》にいでざるさきに冷えたり 七―九
彼しばらく待ちて後いふ。何を思ふや、我に答へよ、汝の心の中の悲しき記憶を水いまだ損《そこな》はざれば。 一〇―一二
惑ひと怖れあひまじりて、目を借らざれば聞分けがたき一のシをわが口より逐へり 一三―一五
たとへば弩《いしゆみ》を放つとき、これを彎《ひ》くことつよきに過ぐれば、弦《つる》切れ弓折れて、矢の的に中る力の減《へ》るごとく 一六―一八
とめどなき涙|大息《といき》とともにわれかの重荷《おもに》の下にひしがれ、聲はいまだ路にあるまに衰へぬ 一九―二一
是に於てか彼我に。われらの望みの終極《いやはて》なるかの幸《さいはひ》を愛せんため汝を導きしわが願ひの中に 二二―二四
いかなる堀またはいかなる鏈を見て、汝はさきにすゝむの望みをかく失ふにいたれるや 二五―二七
また他《ほか》の幸の額にいかなる慰《なぐさめ》または益のあらはれて汝その前をはなれがたきにいたれるや。 二八―三〇
一のくるしき大息《といき》の後、我にほとんど答ふる聲なく、唇からうじてこれをつくれり 三一―三三
我泣きて曰ふ。汝の顏のかくるゝや、眼前《めのまへ》に在る物その僞りの快樂《けらく》をもてわが歩履《あゆみ》を曲げしなり 三四―三六
彼。汝たとひ默《もだ》しまたは今の汝の懺悔をいなみきとすとも汝の愆《とが》何ぞかくれ易からん、かのごとき士師《さばきづかさ》知りたまふ 三七―三九
されど罪を責むる言《ことば》犯せる者の口よりいづれば、我等の法廷《しらす》にて、輪はさかさまに刃《は》にむかひてめぐる 四〇―四二
しかはあれ汝今己が過ちを恥ぢ、この後シレーネの聲を聞くとも心を固うするをえんため 四三―四五
涙の種を棄てて耳をかたむけ、葬られたるわが肉の汝を異なる方にむかしむべかりし次第を聞くべし 四六―四八
さきに我を包みいま地にちらばる美しき身のごとく汝を喜ばせしものは、自然も技《わざ》も嘗て汝にあらはせることあらざりき 四九―五一
わが死によりてこのこよなき喜び汝に缺けしならんには、そも/\世のいかなる物ぞその後汝の心を牽《ひ》きてこれを求むるにいたらしめしは 五二―五四
げに汝は假初《かりそめ》の物の第一の矢のため、はやかゝる物ならざりし我に從ひて立昇るべく 五五―五七
稚《をさな》き女そのほか空しきはかなきものの矢を待ちて翼をひくく地に低るべきにあらざりき 五八―六〇
それ二の矢三の矢を待つは若き小鳥の事ぞかし、羽あるものの目のまへにて網を張り弓を彎《ひ》くは徒爾《いたづら》なり。 六一―六三
我はあたかもはぢて言なく、目を地にそゝぎ耳を傾けて立ち、己が過ちをさとりて悔ゆる童《わらべ》のごとく 六四―六六
立ちゐたり、彼曰ふ。汝聞きて憂ふるか、鬚を上げよ、さらば見ていよ/\憂へむ。 六七―六九
たくましき樫の木の、本土《ところ》の風またはヤルバの國より吹く風に拔き倒さるゝ時といふとも、そのこれにさからふこと 七〇―七二
わが彼の命をきゝて頤《おとがひ》をあげしときに及ばじ、彼顏といはずして鬚といへるとき、我よくその詞の毒を認めぬ 七三―七五
我わが顏をあげしとき、わが目は、かのはじめて造られし者等が、ふりかくることをやめしをさとり 七六―七八
また(わが目なほ定
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