せてすゝみ、ほとんど一足《かたあし》を一足の先に置かざるごとく 五二―五四
彼は紅と黄の花を踏みてこなたにすゝみ、そのさま目をしとやかにたるゝ處女《をとめ》に異ならず 五五―五七
かくて麗はしき聲その詞とともに我に聞ゆるまで近づきてわが願ひを滿たせり 五八―六〇
まさしく草がかの美しき流れの波に洗はるゝところに來るやいなや、彼わがためにその目を擧げぬ 六一―六三
思ふにヴェーネレのあやまちてわが子に刺されし時といふとも、その眉の下に輝ける光かく大いならざりしなるべし 六四―六六
彼は種なきにかの高き邱《をか》に生ずる色をなほも己が手をもて摘みつゝ、右の岸に微笑《ほゝゑ》みゐたり 六七―六九
流れは三歩我等を隔てき、されどセルセの渡れる(このこと今も人のすべての誇りを誡しむ)エルレスポントが 七〇―七二
セストとアビードの間の荒浪のためにレアンドロよりうけし怨みも、かの流れが、かの時開かざりしために我よりうけし怨みにはまさらじ 七三―七五
彼曰ふ。汝等は今初めて來れる者なれば、人たる者の巣に擇ばれしこの處に我のほほゑむをみて 七六―七八
驚きかつ異《あや》しむならむ、されど汝我を樂しませ給へり[#「汝我を樂しませ給へり」に白丸傍点]といへる聖歌は光を與へて汝等の了知《さとり》の霧を拂ふに足るべし 七九―八一
また汝先に立つ者我に請へる者よ、聞くべきことあらばいへ、我はいかなる汝の問ひにも足《たら》はぬ事なく答へんと心構《こゝろがまへ》して來れるなれば。 八二―八四
我曰ふ。水と林の響きとはあらたに起せるわが信を攻む、そはわが聞けるところ今見るところと異なればなり。 八五―八七
是に於てか彼。我は汝のあやしむものにそのいで來る原因《もと》あるを陳べて汝を蔽ふ霧をきよめむ 八八―九〇
それ己のみ己が心に適《かな》ふ至上の善は人を善にまた善行の爲に造り、この處をこれに與へて限りなき平和の契約となせり 九一―九三
人己が越度《をちど》によりてたゞ少時《しばらく》こゝにとゞまり、己が越度によりて正しき笑ひと麗はしき悦びを涙と勤勞《ほねをり》に變らせぬ 九四―九六
水より地よりたちのぼりてその力の及ぶかぎり熱に從ひゆくもののこの下に起す亂《みだれ》が 九七―九九
人と戰ふなからんため、この山かく高く天に聳えき、しかしてその鎖《とざ》さるゝところより上はみなこれを免かる 一〇〇―一〇二
さて空氣は、若しその※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《まは》ることいづこにか妨げられずば、こと/″\く第一の囘轉とともに圓を成してめぐるがゆゑに 一〇三―一〇五
かゝる動き、純なる空氣の中にありて全く絆《ほだし》なやこの高嶺《たかね》を撃ち、林に聲を生ぜしむ、これその繁きによりてなり 一〇六―一〇八
また撃たれし草木《くさき》にはその性《さが》を風に滿たすの力あり、この風その後吹きめぐりてこれをあたりに散らし 一〇九―一一一
かなたの地は己が特質と天の利にしたがひて孕み、性《さが》異なる諸※[#二の字点、1−2−22]の木を生む 一一二―一一四
かゝればわがこの言《ことば》を聞く者、たとひ見ゆべき種なきにかしこに萌えいづる草木を見るとも、世の不思議とみなすに足らず 一一五―一一七
汝知るべし、この聖なる廣野《ひろの》には一切の種滿ち、かの世に摘むをえざる果《み》のあることを 一一八―一二〇
また汝の今見る水は、漲《みなぎ》り涸《か》るゝ河のごとくに、冷えて凝れる水氣の補《おぎな》ふ脈より流れいづるにあらず 一二一―一二三
變らず盡きざる泉よりいづ、而して泉は神の聖旨《みむね》によりて、その二方の口よりそゝぐものをば再び得《う》 一二四―一二六
こなたには罪の記憶を奪ふ力をもちてくだりゆき、かなたには諸※[#二の字点、1−2−22]の善行《よきおこなひ》を憶ひ起さしむ 一二七―一二九
こなたなるはレーテと呼ばれ、かなたなるをエウノエといふ、この二の水まづ味はれざればその功徳《くどく》なし 一三〇―一三二
こは他《ほか》の凡ての味《あぢはひ》にまさる、我またさらに汝に教ふることをせずとも、汝の渇《かわき》はや全くやみたるならむ、されど 一三三―一三五
己が好《このみ》にまかせてなほ一の事を加へむ、思ふにわが言《ことば》たとひ約束の外にいづとも汝の喜びに變りはあらじ 一三六―一三八
いにしへ黄金《こがね》の代《よ》とその幸《さち》多きさまを詩となせる人々、恐らくはパルナーゾにて夢にこの處を見しならむ 一三九―一四一
こゝに罪なくして人住みぬ、こゝにとこしへの春とすべての實《み》あり、彼等の所謂ネッタレは是なり。 一四二―一四四
我はこの時身を後方《うしろ》にめぐらしてわがふたりの詩人にむかひ、彼等が笑を含みつゝこの終りの言をきけるを見 一四五―一四七
後ふたゝび目をかの美しき淑女にむけたり 一四八―一五〇
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   第二十九曲

彼かたりをはれるとき、戀する女のごとく歌ひて、罪をおほはるゝものは福なり[#「罪をおほはるゝものは福なり」に白丸傍点]といひ 一―三
かくてたとへばひとりは日を見ひとりはこれを避けんとて林の蔭をあゆみゆきしさびしきニンファの群《むれ》のごとくに 四―六
岸をつたひ流れにさかのぼりて進み、また我はわが歩みを細《こまか》にしてそのこまかなる歩みにあはせ、これと相並びて行けり 七―九
ふたりの足數合せて百とならざるさきに、岸兩つながら等しくその方向《むき》を變へたれば、我は再び東にむかへり 一〇―一二
またかくしてゆくことなほ未だ遠からざりしに、淑女全くわが方にむかひて、わが兄弟よ、視よ、耳を傾けよといふ 一三―一五
このとき忽ち一の光かの大なる林の四方に流れ、我をして電光《いなづま》なるかと疑はしめき 一六―一八
されど電光はその現はるゝごとく消ゆれど、この光は長くつゞきていよ/\輝きわたりたれば、我わが心の中に是何物ぞやといふ 一九―二一
また一のうるはしき聲あかるき空をわけて流れぬ、是に於てか我は正しき憤りよりエーヴァの膽の大《ふと》きを責めたり 二二―二四
彼は造られていまだ程なきたゞひとりの女なるに、天地《あめつち》神に遵《したが》へるころ、被物《おほひ》の下に、しのびてとゞまることをせざりき
彼その下に信心深くとゞまりたりせば、我は早くまた永くこのいひがたき樂しみを味へるなるべし 二八―三〇
かぎりなき樂しみの初穗かく豐かなるに心奪はれ、たゞいよ/\大いなる喜びをうるをねがひつゝ、我その間を歩みゐたるに 三一―三三
我等の前にて縁の技の下なる空氣燃ゆる火のごとくかゞやき、かのうるはしき音《おと》今は歌となりて聞えぬ 三四―三六
あゝげに聖なる處女《をとめ》等よ、我汝等のために饑ゑ、寒さ、または眠りをしのびしことあらば、今その報《むくい》を請はざるをえず 三七―三九
いざエリコナよわがためにそゝげ、ウラーニアよ、歌の侶とともに我をたすけて、おもふだに難き事をば詩となさしめよ 四〇―四二
さてその少しく先にあたりてあらはれし物あり、我等と是とはなほ離るゝこと遠かりければ、誤りて七の黄金《こがね》の木と見えぬ 四三―四五
されど相似て官能を欺く物その時性の一をも距離《へだゝり》のために失はざるまで我これに近づけるとき 四六―四八
理性に物を判《わか》たしむる力は、これの燭臺なるとうたへる歌のオザンナなるをさとりたり 四九―五一
この美しき一組の燭臺、上より焔を放ちてその燦《あざや》かなること澄みわたれる夜半《よは》の空の望月《もちづき》よりもはるかにまされり 五二―五四
我はいたくおどろきて身をめぐらし、善きヴィルジリオにむかへるに、我に劣らざる怪訝《あやしみ》を顏にあらはせる外答へなかりき 五五―五七
我即ちふたゝび目をかのたふとき物にむくれば、新婦《はなよめ》にさへ負くるならんとおもはるゝほどいとゆるやかにこなたにすゝめり 五八―六〇
淑女我を責めていふ。汝いかなればかくたゞ生くる光のさまに心を燃やし、その後方《うしろ》より來るものを見ざるや。 六一―六三
このとき我見しに、白き衣を着(かくばかり白き色世にありし例《ためし》なし)、己が導者に從ふごとく後方《うしろ》より來る民ありき 六四―六六
水はわが左にかゞやき、我これを視れば、あたかも鏡のごとくわが身の左の方を映《うつ》せり 六七―六九
われ岸のこなた、たゞ流れのみ我をへだつるところにいたれるとき、なほよくみんと、わが歩みをとゞめて 七〇―七二
視しに、焔はそのうしろに彩色《いろど》れる空氣を殘してさきだちすゝみ、さながら流るゝ小旗のごとく 七三―七五
空氣は七の線《すぢ》にわかたれ、これに日の弓、デリアの帶のすべての色あり 七六―七八
これらの旌《はた》後《うしろ》の方《かた》に長く流れてわが目及ばず、またわがはかるところによれば左右の端《はし》にあるものの相離るゝこと十歩なりき 七九―八一
かく美しきさにおほはれ、二十四人の長老、百合《フイオルダリーゾ》の花の冠をつけてふたりづつならび來れり 八二―八四
みなうたひていふ。アダモの女子《むすめ》のうちにて汝は福なる者なり、ねがはくは汝の美にとこしへの福あれ。 八五―八七
かの選ばれし民、わが對面《むかひ》なるかなたの岸の花と新しき草をはなれしとき 八八―九〇
あたかも天にて光光に從ふごとく、そのうしろより四の生物《いきもの》各※[#二の字点、1−2−22]頭《かしら》に縁の葉をいただきて來れり 九一―九三
皆六の翼をもち、目その羽に滿つ、アルゴの目若し生命《いのち》あらばかくのごとくなるべし 九四―九六
讀者よ、彼等の形を録《しる》さんとて我またさらに韻語を散らさじ、そは他の費《つひえ》に支《さ》へられてこの費を惜しまざること能はざればなり 九七―九九
エゼキエレを讀め、彼は彼等が風、雲、火とともに寒き處より來るを見てこれを描《ゑが》けり 一〇〇―一〇二
わがこゝにみし彼等の状《さま》もまたかれの書《ふみ》にいづるものに似たり、但し羽については、ジヨヴァンニ彼と異なりて我と同じ 一〇三―一〇五
これらの四の生物《いきもの》の間を二の輪ある一の凱旋車占む、一頭のグリフォネその頸にてこれを曳けり 一〇六―一〇八
この者二の翼を、中央《なか》の一と左右の三の線《すぢ》の間に伸べたれば、その一をも斷《た》たず損《そこな》はず 一〇九―一一一
翼は尖《さき》の見えざるばかり高く上《あが》れり、その身の中《うち》に鳥なるところはすべて黄金《こがね》にて他《ほか》はみな紅まじれる白なりき 一一二―一一四
アフリカーノもアウグストもかく美しき車をもてローマを喜ばせしことなきはいふに及ばず、日の車さへこれに比ぶれば映《はえ》なからむ 一一五―一一七
(即ち路をあやまれるため、信心深きテルラの祈りによりてジョーヴェの奇《くす》しき罰をうけ、燒盡されし日の車なり) 一一八―一二〇
右の輪のほとりには、舞ひめぐりつゝ進み來れるみたりの淑女あり、そのひとりは、火の中にては見分け難しと思はるゝばかりに赤く 一二一―一二三
次なるは、肉も骨も縁の玉にて造られしごとく、第三なるは、新たに降《ふ》れる雪に似たり 一二四―一二六
或時は白或時は赤|他《ほか》のふたりをみちびくと見ゆ、しかしてその歌にあはせて、侶のゆくこと或ひはおそく或ひははやし 一二七―一二九
左の輪のほとりには、紫の衣を着てたのしく踊れるよたりの淑女あり、そのひとり頭に三の目ある者ほかのみたりをみちびきぬ 一三〇―一三二
かく擧げ來れる凡ての群《むれ》の後《うしろ》に、我はふたりの翁を見たり、その衣は異なれどもおごそかにしておちつきたる姿は同じ 一三三―一三五
ひとりは己がかのいと大いなるイッポクラテ(即ち自然がその最愛の生物のために造れる)の流れを汲むものなるをあらはし 一三六―一三八
またひとりは、川のこなたなる我にさへ恐れをいだかしめしほど光りて鋭き一の劒を持ちて、これと反する思ひをあらはせり 一三九―一四一
我は次に外見《みえ》の劣れるよたりの者
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