れば 一〇三―一〇五
彼我に。わが汝より聞ける事の我心にとゞむる痕跡《あと》いとあざやかなるをもてレーテもこれを消しまたは朦朧《おぼろ》ならしむるあたはず 一〇六―一〇八
されど今の汝の詞我に眞《まこと》を誓へるならば、請ふ告げよ、汝の我を愛すること目にも言《ことば》にもかくあらはるゝは何故ぞや。 一〇九―一一一
我彼に。汝のうるはしき歌ぞそれなる、近世《ちかきよ》の習ひつゞくかぎりは、その文字《もじ》常に愛せらるべし。 一一二―一一四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、わが汝にさししめす者は(前なる一の靈を指ざし)我よりもよくその國語《くにことば》を鍛《きた》へし者なり 一一五―一一七
戀の詩散文の物語にては彼《かれ》衆にぬきんず、レモゼスの人をもてこれにまさるとなすは愚者なり、彼等をそのいふにまかせよ 一一八―一二〇
彼等は眞《まこと》よりも評《うはさ》をかへりみ、技《わざ》と理《ことわり》を問はざるさきにはやくも己が説を立つ 一二一―一二三
多くの舊人《ふるきひと》のグイットネにおけるも亦斯の如し、さらに多くの人を得て眞《まこと》の勝つにいたれるまでは彼等たゞ響きを傳へて彼のみを讚《ほ》めぬ 一二四―一二六
さて汝ゆたかなる恩惠《めぐみ》をうけて、僧侶の首《かしら》にクリストを戴くかの僧院に行くことをえば 一二七―一二九
わが爲に彼に向ひて一遍の主の祈《パーテルノストロ》を唱へよ、但しこの世界にて我等の求むる事にて足る、こゝにては我等また罪を犯すをえざれば。 一三〇―一三二
かくいひて後、後方《うしろ》に近くゐたる者を己に代らしむるためなるべし、恰も水底《みなそこ》深く沈みゆく魚の如く火に入りて見えざりき 一三三―一三五
我は指示されし者の方《かた》に少しく進みて、わが願ひ彼の名のためにゆかしき處を備へしことを告ぐれば 一三六―一三八
彼こゝろよく語りて曰ふ。汝の問ひのねんごろなるにめでて、我は己を汝にかくすこと能はず、またしかするをねがはざるなり 一三九―一四一
我はアルナルドなり、泣きまた歌ひてゆく、われ過去《こしかた》をみてわが痴《おろか》なりしを悲しみ、行末《ゆくすゑ》をみてわが望む日の來るを喜ぶ 一四二―一四四
この階《きざはし》の頂まで汝を導く權能《ちから》をさして今我汝に請ふ、時到らばわが苦患《なやみ》を憶《おも》へ。 一四五―一四七
かくいひ終りて彼等を淨むる火の中にかくれぬ 一四八―一五〇
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   第二十七曲

今や日はその造主《つくりぬし》血を流したまへるところに最初《はじめ》の光をそゝぐ時(イベロは高き天秤《はかり》の下にあり 一―
ガンジェの浪は亭午《まひる》に燒かる)とその位置を同じうし、晝既に去らんとす、この時喜べる神の使者《つかひ》我等の前に現はれぬ ―六
彼焔の外《そと》岸の上に立ちて、心の清き者は福なり[#「心の清き者は福なり」に白丸傍点]とうたふ、その聲|爽《さわや》かにしてはるかにこの世のものにまされり 七―九
我等近づけるとき彼曰ひけるは。聖なる魂等よ、まづ火に噛まれざればこゝよりさきに行くをえず 一〇―
汝等この中に入りまたかなたにうたふ歌に耳を傾けよ。かくいふを聞きしとき我はあたかも穴に埋《いけ》らるゝ人の如くになりき ―一五
手を組合《くみあは》せつゝ身をその上より前に伸べて火をながむれば、わが嘗て見し、人の體《からだ》の燒かるゝありさま、あざやかに心に浮びぬ 一六―一八
善き導者等わが方にむかへり、かくてヴィルジリオ我に曰ふ。我子よ、こゝにては苛責はあらむ死はあらじ 一九―二一
憶《おも》へ、憶へ……ジェーリオンに乘れる時さへ我汝を安らかに導けるに、神にいよいよ近き今、しかするをえざることあらんや 二二―二四
汝かたく信ずべし、たとひこの焔の腹の中に千年《ちとせ》の長き間立つとも汝は一|筋《すぢ》の髮をも失はじ 二五―二七
若しわが言《ことば》の僞なるを疑はば、焔にちかづき、己が手に己が衣の裾をとりてみづからこれを試みよ 二八―三〇
いざ棄てよ、一切の恐れを棄てよ、かなたにむかひて心安く進みゆくべし。かくいへるも我なほ動かずわが良心に從はざりき 三一―三三
わがなほ頑《かたくな》にして動かざるをみて彼少しく心をなやまし、子よ、ベアトリーチェと汝の間にこの壁あるを見よといふ 三四―三六
桑|眞紅《しんく》となりしとき、死に臨めるピラーモがティスベの名を聞き目を開きてつらつら彼を見しごとく 三七―三九
わが思ひの中にたえず湧《わ》き出づる名を聞くや、わが固き心やはらぎ、我は智《さと》き導者にむかへり 四〇―四二
是に於てか彼|首《かうべ》を振りて、我等|此方《こなた》に止まるべきや如何《いかに》といひ、恰も一の果實《このみ》に負くる稚兒《をさなご》にむかふ人の如くにほゝゑみぬ 四三―四五
かくて彼我よりさきに火の中に入り、またこの時にいたるまでながく我等の間をわかてるスターツィオに請ひて我等の後《あと》より來らしむ 四六―四八
我火の中に入りしとき、その燃ゆることかぎりなく劇しければ、煮え立つ玻璃の中になりとも身を投入れて冷《ひや》さんとおもへり 四九―五一
わがやさしき父は我をはげまさんとて、ベアトリーチェの事をのみ語りてすゝみ、我既に彼の目を見るごとくおぼゆといふ 五二―五四
かなたにうたへる一の聲我等を導けり、我等はこれにのみ心をとめつゝ登るべきところにいでぬ 五五―五七
わが父に惠まるゝ者よ來れ[#「わが父に惠まるゝ者よ來れ」に白丸傍点]。かしこにありてわが目をまばゆうし我に見るをえざらしめたる一の光の中にかくいふ聲す 五八―六〇
またいふ。日は入り夕《ゆふべ》が來る、とゞまるなかれ、西の暗くならざる間に足をはやめよ。 六一―六三
路直く岩を穿ちて東の方に上《のぼ》るがゆゑに、すでに低き日の光を我はわが前より奪へり 六四―六六
しかしてわが影消ゆるを見て我もわが聖等《ひじりたち》も我等の後方《うしろ》に日の沈むをしりたる時は、我等の試みし段《きだ》なほ未だ多からざりき 六七―六九
はてしなく濶《ひろ》き天涯未だ擧《こぞ》りて一の色とならず、夜その闇をことごとく頒ち與へざるまに 七〇―七二
我等各一の段《きだ》を床となしぬ、そはこの山の性《さが》、登るの願ひよりもその力を我等より奪へばなり 七三―七五
食物《くひもの》をえざるさきには峰の上に馳せ狂へる山羊も、日のいと熱き間蔭にやすみて聲をもいださず 七六―
その牧者(彼杖にもたれ、もたれつゝその群《むれ》を牧《か》ふ)にまもられておとなしく倒嚼《にれが》むことあり ―八一
また外《そと》に宿る牧人、そのしづかなる群のあたりに夜を過《すご》して、野の獸のこれを散らすを防ぐことあり 八二―八四
我等みたりもまたみな斯《かく》の如くなりき、我は山羊に彼等は牧者に似たり、しかして高き岩左右より我等をかこめり 八五―八七
外《そと》はたゞ少しく見ゆるのみなりしかど、我はこの少許《すこし》の處に、常よりも燦《あざや》かにしてかつ大なる星を見き 八八―九〇
我かく倒嚼《にれが》み、かく星をながめつゝ睡りに襲はる、即ち事をそのいまだ出來《いでこ》ぬさきにに屡※[#二の字点、1−2−22]告知らす睡りなり 九一―九三
たえず愛の火に燃ゆとみゆるチテレアがはじめてその光を東の方よりこの山にそゝぐ頃かとおもはる 九四―九六
我は夢に、若き美しきひとりの淑女の、花を摘みつゝ野を分けゆくを見しごとくなりき、かの者うたひていふ 九七―九九
わが名を問ふ者あらば知るべし、我はリーアなり、我わがために一の花圈《はなかざり》を編まんとて美しき手を動かして行く 一〇〇―一〇二
鏡にむかひて自ら喜ぶことをえんため我こゝにわが身を飾り、わが妹ラケールは終日《ひねもす》坐してその鏡を離れず 一〇三―一〇五
われ手をもてわが身を飾るをねがふごとくに彼その美しき目を見るをねがふ、見ること彼の、行ふこと我の心を足《たら》はす。 一〇六―一〇八
異郷の旅より歸る人の、わが家《や》にちかく宿るにしたがひ、いよ/\愛《め》づる曉《あかつき》の光 一〇九―一一一
はや四方より闇を逐ひ、闇とともにわが睡りを逐へり、我即ち身を起《おこ》せば、ふたりの大いなる師この時既に起きゐたり 一一二―一一四
げに多くの枝によりて人のしきりに尋ね求むる甘き果《み》は今日汝の饑《う》ゑをしづめむ。 一一五―一一七
ヴィルジリオかく我にいへり、またこれらの語《ことば》のごとく心に適《かな》ふ賜《たまもの》はあらじ 一一八―一二〇
わが登るの願ひ願ひに加はり、我はこの後一足毎に羽|生《は》えいでて我に飛ばしむるをおぼえき 一二一―一二三
我等|階《きざはし》をこと/″\く渡り終りて最高《いとたか》き段《きだ》の上に立ちしとき、ヴィルジリオ我にその目をそゝぎて 一二四―一二六
いふ。子よ、汝既に一時《ひととき》の火と永久《とこしへ》の火とを見てわが自から知らざるところに來れるなり 一二七―一二九
われ智《さとり》と術《わざ》をもて汝をこゝにみちびけり、今より汝は好む所を導者となすべし、汝|嶮《けは》しき路を出で狹き路をはなる 一三〇―一三二
汝の額を照す日を見よ、地のおのづからこゝに生ずる若草と花と木とを見よ 一三三―一三五
涙を流して汝の許に我を遣はせし美しき目のよろこびて來るまで、汝坐するもよし、これらの間を行くもよし 一三六―一三八
わが言《ことば》をも表示《しるし》をもこの後望み待つことなかれ、汝の意志は自由にして直く健全《すこやか》なればそのむかふがまゝに行はざれば誤らむ 一三九―一四一
是故にわれ冠と帽を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ。
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   第二十八曲

あらたに出し日の光を日にやはらかならしむる茂れる生ける神の林の内部《うち》をも周邊《まはり》をも探《さぐ》らんとて 一―三
我ためらはず岸を去り、しづかに/\野を分けゆけば、地はいたるところ佳香《よきか》を放てり 四―六
うるはしき空氣|變化《かはり》なく動きてわが額を撃ち、そのさまさながら軟かき風の觸るゝに異ならず 七―九
諸※[#二の字点、1−2−22]の枝これに靡きてふるひつゝ、みな聖なる山がその最初《はじめ》の影を投ぐる方《かた》にかゞめり 一〇―一二
されどはなはだしく撓《たわ》むにあらねば、梢《こずゑ》の小鳥その一切の技《わざ》を棄つるにいたらず 一三―一五
いたくよろこびて歌ひつゝ、そよふく朝風を葉の間にうけ、葉はエオロがシロッコを解き放つとき 一六―
キアッシの岸の上なる松の林の枝より枝に集まるごとき音をもてその調《しらべ》にあはせぬ ―二一
しづかなる歩履《あゆみ》我を運びて年へし林の中深く入らしめ、我既にわがいづこより入來れるやを見るあたはざりしとき 二二―二四
見よわが行手を遮れる一の流れあり、その細波《さゞなみ》をもて、縁《ふち》に生《は》え出し草を左に曲げぬ 二五―二七
日にも月にもかしこを照すをゆるさざる永劫の蔭に蔽はれ、黒み黒みて流るれども 二八―
一物として隱るゝはなきかの水にくらぶれば、世のいと清き水といふともみな雜《まじり》ありとみゆべし ―三三
わが足とどまり、わが目は咲ける木々の花の類《たぐひ》甚だ多きを見んとて小川のかなたに進めるに 三四―三六
このときあたかも物不意にあらはれて人を驚かし、他《ほか》の思ひをすべて棄てしむることあるごとくかしこにあらはれし 三七―三九
たゞひとりの淑女あり、歌をうたひて歩みつゝ、その行道《ゆくみち》をこと/″\くいろどれる花また花を摘みゐたり 四〇―四二
我彼に曰ふ。あゝ美しき淑女よ、心の證《あかし》となる習ひなる姿に信を置くをうべくば愛の光にあたゝまる者よ 四三―
ねがはくは汝の歌の我に聞ゆるにいたるまで、この流れのかたにすゝみきたれ ―四八
汝は我にプロセルピーナが、その母彼を彼春を失へるとき、いづこにゐしやいかなるさまにありしやを思ひ出でしむ。 四九―五一
たとへば舞をまふ女の、その二の蹠《あしうら》を地にまた互ひに寄
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