技《みわざ》によりて煮え、岸いたるところこれに塗《まみ》れぬ 一六―一八
我之を見れども、煮られて浮ぶ泡の外には一としてその中に見ゆる物なく、たゞこの脂の一面に膨れいでゝはまた引縮むさまをみるのみ 一九―二一
われ目を凝らして見おろしゐたるに、あれ見よあれ見よといひてわが導者わが立處《たちど》より我をひきよす 二二―二四
しきりに見んことをねがへども、そは逃げて避くべきものにしあれば、俄におそれていきほひ挫《くじ》け 二五―
見るまも足を止めざる人の如く、われ身を返して後方《うしろ》をみしに石橋をわたりてはせきたれる一の黒き鬼ありき ―三〇
あゝその姿猛きこといかばかりぞや、翼ひらかれ足かろきその身の振舞あら/\しきこといかばかりぞや 三一―三三
尖りて高きその肩には、ひとりの罪人《つみびと》の腰を載せ、その足頸《あしくび》をかたく握れり 三四―三六
橋の上よりいふ、あゝマーレブランケよ、見よ聖チタのアンチアンの一人を、汝等彼を沈むべし、我は再びかの邑《まち》に歸らん 三七―
かの處には我よくかゝる者を備へおきたり、さればボンツーロの他《ほか》、汚吏ならぬものなく、否も錢のために然りに代へらる ―四二
かくいひて彼を投げいれ堅き石橋をわたりてかへれり、繋《つなぎ》はなれし番犬《ばんいぬ》の盜人を追ふもかく疾《はや》からじ 四三―四五
彼沈み、背を高くして再び浮べり、されど橋を戴ける鬼共叫びていひけるは、聖顏《サント・ヴオルト》もこゝには益なし 四六―四八
こゝに泳ぐはセルキオに泳ぐと異なる、此故に我等の鐡搭《くまで》好ましからずばこの脂の上にうくなかれ 四九―五一
かくて彼等は彼を百餘の鐡鉤《かぎ》に噛ませ、こゝは汝のかくれて踊る處なれば、盜みうべくば目を掠《かす》めてなせといふ 五二―五四
厨夫《ちゆうふ》が庖仕《ばうじ》に肉叉《にくさし》をもて肉を鍋の眞中《まなか》に沈めうかぶことなからしむるもこれにかはらじ 五五―五七
善き師我に曰ふ、汝は汝のこゝにあること知られざるため、岩の後《うしろ》にうづくまりておのが身を掩へ 五八―六〇
またいかなる虐《しひたげ》わが身に及ぶも恐るゝなかれ、さきにもかゝる爭ひにのぞめることあれば我よくこれらの事を知る 六一―六三
かくいひて橋をわたりてかなたにすゝめり、げにそのさわがぬ氣色《けしき》をみすべきは彼が第六の岸にいたれる時なりき 六四―六六
その怒りあらだつさまはさながら立止《たちど》まりてうちつけに物乞ふ乞食《かたゐ》にむかひて群犬《むらいぬ》はせいづる時の如く 六七―六九
小橋の下より出でし鬼共みなその鐡搭《くまで》を彼にむけたり、されど彼よばゝりていふ、汝等いづれも惡意をいだくことなかれ 七〇―七二
鐡搭《くまで》の我をとらふる前に、汝等のひとりすゝみいでゝわがいふところのことをきゝ、のち相謀りて我を之にかくべきや否やをさだめよ 七三―七五
彼等皆叫びてマラコダ行くべしといふ、即ちその一者《ひとり》進み出で(他《ほか》はみな止まれり)かくするも彼に何の益かあるといひつゝ彼に近づけり 七六―七八
わが師曰ひけるは、マラコダよ、われ天意冥助によらずして今に至るまですべて汝等の障礙《しやうげ》をまのかれ 七九―
こゝに來るをうべしと汝思ふや、我等を行かしめよ、わがこの荒れたる路をひとりの者に教ふるも天の定むるところなればなり ―八四
此時彼の慢心折れ、彼は鐡搭《くまで》をあしもとにおとして彼等にいふ、かくては彼を撃ちがたし 八五―八七
導者我に、橋の岩間にうづくまる者よ、いまは安らかにわがもとにかへれ 八八―九〇
我いでゝいそぎて彼の處にいたれば、鬼こと/″\く進みいづ、我はすなはち彼等が約を履まざらんことをおそれぬ 九一―九三
嘗て契約によりてカープロナをいでし歩兵の一軍群がる敵の間にありてまたかく恐るゝを見しことあり 九四―九六
我は全身を近くわが導者によせ、目をよからぬ彼等の姿より放つことなかりき 九七―九九
彼等は鐡鉤《かぎ》をおろせり、その一者《ひとり》他《ほか》の一者《ひとり》にいふ、汝わが彼の臀《しり》に觸るゝをねがふや、彼等答へて、然り一撃《ひとうち》彼にあつべしといふ
されどわが導者と言《ことば》をまじへし鬼たゞちにふりかへりて、措《お》け措け、スカルミリオネといひ 一〇三―一〇五
さて我等に曰ひけるは、是より先はこの石橋をゆきがたし、第六の弓門《アルコ》悉く碎けて底にあればなり 一〇六―一〇八
されば汝等なほさきに行くをねがはゞこの堤を傳ひてゆくべし、近き處にいま一の石橋あり、これぞ路なる 一〇九―一一一
昨日《きのふ》は今より五時の後にてこの路こゝにくづれしこのかた千二百六十六年を滿たせり 一一二―一一四
我は此等の部下を分ちてかなたに遣はし、身を干《ほ》す者のありや否やを見せしむべければ、汝等之と共に行け、彼等禍ひをなすことあらじ 一一五―一一七
又曰ひけるは、出でよアーリキーノ、カルカブリーナ、汝も出でよカーニヤッツオ、バルバリッチヤ汝は十の者を率ゐよ 一一八―一二〇
進めリビコッコ、ドラギニヤッツォ、牙《きんば》のチリアット、グラッフィアカーネ、ファールファレルロ、狂へるルビカンテ 一二一―一二三
煮ゆる黐《もち》の邊《ほとり》を巡視《みめぐ》り、またこの多くの岩窟《いはあな》の上に隙《すき》なく懸れる次の岩まで此等の者をおくりゆけ 一二四―一二六
我曰ふ、あゝ師よ、これいかなる事の態《さま》ぞや、汝だに路を知らば我何ぞ道案内《みちしるべ》を要《もと》むべき、願はくはこれによらで我等のみ行かむ 一二七―一二九
汝常の如く心をもちゐなば、見ずや彼等の齒をかみあはせ、眉に殃《わざはひ》の兆《きざし》をあらはすを 一三〇―一三二
彼我に、請ふ汝恐るゝなかれ、彼等に好むがまゝに齒をかましめよ、彼等かくするは煮られてなやむ者のためのみ 一三三―一三五
彼等は折れて左の堤をとれり、されど各※[#二の字点、1−2−22]とまづその長《をさ》にむかひ、齒にて舌を緊《し》めて相圖とし 一三六―一三八
長《をさ》はその肛門を喇叭《らつぱ》となしき 一三九―一四一
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第二十二曲
我嘗て騎兵の陣を進め、戰ひを開き、軍を整《とゝの》へ、或時はまた逃げのびんとて退くを見き 一―三
アレッツォ人《びと》よ、我は或ひは喇叭《らつぱ》或ひは鐘或ひは太鼓或ひは城の相圖或ひは本國異邦の物にあはせ 四―六
進んで偵《うかゞ》ふもの襲うて掠むるもの汝等の地にわしり、また軍軍と武を競ひ、兵兵と技を爭ふを見き 七―九
されど未だかく奇《くす》しき笛にあはせて歩騎動き、陸《くが》または星をしるべに船進むをみしことあらじ 一〇―一二
我等は十の鬼と共に歩めり、げに兇猛なる伴侶《みちづれ》よ、されど聖徒と寺に浮浪漢《ごろつき》と酒肆《さかみせ》に 一三―一五
我心はたゞ脂《やに》にのみむかへり、こはこの嚢《ボルジヤ》とその中に燒かるゝ民の状態《ありさま》とを殘りなく見んためなりき 一六―一八
たとへば背の弓をもて水手《かこ》等をいましめ、彼等に船を救ふの途を求めしむる海豚《いるか》の如く 一九―二一
苦しみをかろめんため、をりふし罪人《つみびと》のひとりその背をあらはし、またこれをかくすこと電光《いなづま》よりも早かりき 二二―二四
またたとへば濠水《ほりみづ》の縁《ふち》にむれゐる蛙顏をのみ出して足と太《ふと》やかなるところをかくすごとく 二五―二七
罪人等四方にうかびゐたるが、バルバリッチヤの近づくにしたがひ、みなまた煮《にえ》の下にひそめり 二八―三〇
我は見き(いまも思へば我心わなゝく)、一匹《ひとつ》の蛙殘りて一匹《ひとつ》飛びこむことあるごとくひとりの者のとゞまるを 三一―三三
いと近く立てるグラッフィアカーネ、脂にまみれしその髮の毛を鐡搭《くまで》にかけ、かくして彼をひきあぐれば、姿さながら河獺《かはうそ》に似たりき 三四―三六
我は此時彼等の名を悉く知りゐたり、これ彼等えらばれし時よく之に心をとめ、その後彼等互に呼べる時これに耳を傾けたればなり 三七―三九
詛はれし者共聲をそろへて叫びていふ、いざルビカンテよ、汝爪を下して彼奴《かやつ》の皮を剥《は》げ 四〇―四二
我、わが師よ、おのが敵の手におちしかの幸なき者の誰なるやをもしかなはゞ明《あきら》めたまへ 四三―四五
わが導者その傍《かたへ》にたちよりていづくの者なるやをこれに問へるに、答へて曰ひけるは、我はナヴァルラの王國の生《うまれ》なりき 四六―四八
父|無頼《ぶらい》にして身と持物とを失へるため、わが母我を一人《ひとり》の主に事へしむ 四九―五一
我はその後善き王テバルドの僕《しもべ》となりてこゝにわが職《つとめ》をはづかしめ、今この熱をうけてその債《おひめ》を償ふ 五二―五四
この時口の左右より野猪《ゐのこ》のごとく牙露はれしチリアットはその一の切味《きれあぢ》を彼に知らせぬ 五五―五七
よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼を抱《かゝ》へて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 五八―六〇
かくてまた顏をわが師にむけ、ほかに聞きて知らんと思ふことあらば、害《そこな》ふ者のあらぬまに彼に問へといふ 六一―六三
導者、さらば今ほかの罪人等のことを告げよ、この脂の下に汝の識れるラチオの者ありや、彼、我は少しくさきに 六四―
その隣の者と別れしなりき、あゝ我彼と共にいまなほかくれゐたらんには、爪も鐡搭《くまで》もおそれじものを ―六九
この時リビコッコは我等はや待ちあぐみぬといひてその腕を鐡鉤《かぎ》にてとらへ引裂きて肉を取れり 七〇―七二
ドラギニヤッツォもまたその脛を打たんとしければ、彼等の長《をさ》はまなざしするどくあまねくあたりをみまはしぬ 七三―七五
彼等少しくしづまれる時、わが導者は己が傷より目を放たざりし者にむかひ、たゞちに問ひて曰ひけるは 七六―七八
汝は岸に出でんとて幸《さち》なく別れし者ありといへり、こは誰なりしぞ、彼答へて曰ふ、ガルルーラの者にて 七九―
僧《フラーテ》ゴミータといひ、萬の欺罔《たばかり》の器《うつは》なりき、その主の敵を己が手に收め、彼等の中己を褒《ほ》めざるものなきやう彼等をあしらへり ―八四
乃ち金《かね》を受けて穩《おだや》かに(これ彼の言なり)彼等を放てるなり、またそのほかの職務《つとめ》においても汚吏の小さき者ならでいと大なる者なりき 八五―八七
ロゴドロのドンノ・ミケーレ・ツァンケ善く彼と語る、談サールディニアの事に及べば彼等の舌疲るゝを覺ゆることなし 八八―九〇
されどあゝ齒をかみあはす彼を見給へ、ほかに告ぐべきことあれど彼わが瘡《かさ》を引掻《ひきか》かんとてすでに身を構ふるをおそる 九一―九三
たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなる長《をさ》曰ひけるは、惡しき鳥よ退《すさ》れ 九四―九六
この時|戰慄《をのゝく》者《もの》語《ことば》をついでいひけるは、汝等トスカーナまたはロムバルディアの者をみまたはそのいふ事を聞かんと思はゞ我彼等を來らせん 九七―九九
されど彼等に罰を恐れざらしめんため、禍ひの爪|等《たち》少しくこゝを離るべし、我はこのまゝこの處に坐して 一〇〇―一〇二
嘯《うそぶ》き(我等のうち外《そと》に出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人《なゝたり》の者を來らせん 一〇三―一〇五
カーニヤッツオこの言を聞きて口をあげ頭をふりていひけるは、身を投げ入れんとてめぐらせる彼の奸計《わるだくみ》をきけ 一〇六―一〇八
羂《わな》に富める者乃ち答へて曰ひけるは、侶《とも》の悲しみを増さしむれば、我は至極の奸物《わるもの》なるべし 一〇九―一一一
アーリキーン堪《こら》へず衆にさからひて彼に曰ふ、汝身を投げなば我は馳せて汝を追はず 一一二―一一四
翼を脂《やに》の上に搏《う》つべし、我等|頂上《いたゞき》を棄て岸を楯とし、汝たゞひとりにてよく我等を凌ぐ
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